2009年4月6日

仕事メモ・主体性

若い頃、随分と上司にたてついたことを思い出す。下のエントリにある、グループディスカッションの件を考えていて、思い出した。転職を繰り返しているうちに分かったことは、自分が求めていること。
  • 完全な上司
  • 完全な職場
  • 完全な仕事
こうしたものを、きっと何処かで求めていたのだろうと思う。「会社や回りを利用すればいい」という言葉を理解するのに非常に長い年月が掛かったのも、こうした甘えた理想論を捨て切れなかったからだろう。今の会社に転職する前にぐらいから、そう思えてきた。20代の頃に感じたことは、ほぼこうした稚拙な発想がスタートだった気がする

主体性

要するに、主体性がなかったのだろう。そういう意味では、親になる過程でも、この主体性は試されることが何度かあった。今、この話の流れで、「大人」を定義するのであれば、この「主体性」の有無もその判断基準に入ってくるのだろう。
主体性という言葉を、辞書でひいてみると・・・
自分の意志・判断で行動しようとする態度。「―のない人」「―をもって仕事に取り組む」
(Yahoo!辞書より)
ということらしい。この説明をみて面白かったのは、主体性は、「態度」なのだということ。物事に取り組む態度に、自分の意志がこめられているか、ということだ。その状況に自分の意志を絡めるコトができているか、ということだ。個性や、意志の強さ、遂行能力ではなく、行動する様、意志を持って判断する様子、そういうことを主体性というんだな。

仕事に主体性がない、という話に戻れば、その仕事を理解してない、という切り口も出てくるかもしれない。理解するに至らない。もしも、状況に対して文句が多いのであれば、それは状況を理解できていないからこそでてくる、「質問」が言い方を変えて出てきたものなのかもしれない。

映画「スピードレーサー」で出てきた言葉が思い出される。
「レース界なんてどうだっていい、問題はレースが自分を、どう変えるかだ。」
(映画「スピードレーサー」・レーサーXが、スピードを諭すシーン)

2009年4月5日

仕事メモ・グループディスカッションについて

今度、仕事でグループ討議をすることになった。期首に行われる、部門のスタートアップミーティングで予定されている。初の試みということで、経営陣の模索振りがうかがわれる提案だなぁ、と思った。
とはいえ、自分がなぜこの日曜日の夜に突然このことを思い出して、不安になっているのかということが自分にとっては問題だった。なので、ここにメモしておこうと思う。

なぜ、緊張するのか?
  • わからない。
  • 寝不足?
  • ・・・新入社員研修での失敗体験(やっぱりグループディスカッションをした)
  • 興味が無い内容で打ち合わせる時、その打ち合わせに挑む姿勢が常にだらしないと知っているから。
  • 自分の意見を、まったく場違いなところから言ってしまいそう(過去の体験)
  • 単純に、つまらなそうなことをしなくちゃいけなそうだから。
  • 協調性はあまり無いので、「グループ」という言葉自体に、非常に緊張感を感じる。
  • イライラする。
というわけで、何となく書いていると気がつくのは、「グループ」という言葉なんじゃないかと思った。実は、昔から人と話すことが好きじゃない私は、グループで何かを目指すという流れに、強烈な嫌悪感を持っていたことがあった。
これは、物事への取り組む順番の話で、一般的にどうなのかは分からないが、私の中では「グループ」というのは結果であって、事前に準備されているものではないという、変な固定観念がある。誰かも分からない奴と(っていっても、同じ部門なわけだけど・・・)なぜ目標に向かわなくてはいけないのだろうか、という、非常に子供じみたスタートラインから始めないといけないのが自分なのだ。書いていると、よくわかる。

一歩下がって・・・

そうはいっても、この事態から逃れるわけには行かないので、なんとなくその日を迎えるのだろうから、一歩下がって考えてみる。グループという言葉の他に、実は人が集まって何かをするというときに、構わずリーダーとかにされてしまうという過去が何度かあったのだ。小学生から始まった風習(?!)なんだけど、それをこの32歳になるまで逃げまくっていた私にとっては、「グループ=嫌なことをする」という記憶が根強いのかもしれない。
それでも、一応、社会人の端くれなので、こなすことはこなしてきましたつもりですがね。

こうして話していると・・・

こうして話していると、なんとなく気が晴れてきた気がする・・・。結局、原体験が未来を決めてしまっているという良い例なんだろうなぁと思い始めてきた。記憶の力は非常に強いのだと改めて考えさせてられる。何をしようとまでは思わないけど、原因・結果の流れが記憶にあると、同じような出来事に対して防衛線のような「恐怖感」を持たせるんだろうね。

・・・こんな風に書いていると、いつもグループディスカッションをしていないように思われますが、研修のときに散々やってはいるのです。なぜこんなに緊張してるのだろう・・・。

もしかすると、日々自分が思っていることをいえるチャンスだと感じているのにもかかわらず、「そんなこと言って、スルーされたらどうしよう・・・・」とか、考えているのかもしれない。

何を基準にしているか?

来週の売買について考えていたが、何を基準にしているか、分からなくなってきた。株式投資を始めて、もう4年以上になるが、そのうちの半分以上がウォーレン・バフェット氏の本を読んでいて、100%ではないにしろ株を買うときは、思い出すことになっていた。

今でもそれはそれなのだけれど、自分の性格や目的にあった基準を思い描き始めていることも確かなこと。ただ、それが何かよく分からず、闇雲に情報を読み漁っている。情報を仕入れているうちに、何を読んでいるか分からないこともある。
まぁ、こういう「暗中模索」な時期というのは何にしてもあるものだから仕方ないのかもしれないけれど、なるべく早く抜け出したいものだ。

荒川区・汐入公園にて




自宅のソバでは無いんだけど、よく行く公園。息子が遊び足りず、日が落ちるまでお付き合い。

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