2009年4月5日

仕事メモ・グループディスカッションについて

今度、仕事でグループ討議をすることになった。期首に行われる、部門のスタートアップミーティングで予定されている。初の試みということで、経営陣の模索振りがうかがわれる提案だなぁ、と思った。
とはいえ、自分がなぜこの日曜日の夜に突然このことを思い出して、不安になっているのかということが自分にとっては問題だった。なので、ここにメモしておこうと思う。

なぜ、緊張するのか?
  • わからない。
  • 寝不足?
  • ・・・新入社員研修での失敗体験(やっぱりグループディスカッションをした)
  • 興味が無い内容で打ち合わせる時、その打ち合わせに挑む姿勢が常にだらしないと知っているから。
  • 自分の意見を、まったく場違いなところから言ってしまいそう(過去の体験)
  • 単純に、つまらなそうなことをしなくちゃいけなそうだから。
  • 協調性はあまり無いので、「グループ」という言葉自体に、非常に緊張感を感じる。
  • イライラする。
というわけで、何となく書いていると気がつくのは、「グループ」という言葉なんじゃないかと思った。実は、昔から人と話すことが好きじゃない私は、グループで何かを目指すという流れに、強烈な嫌悪感を持っていたことがあった。
これは、物事への取り組む順番の話で、一般的にどうなのかは分からないが、私の中では「グループ」というのは結果であって、事前に準備されているものではないという、変な固定観念がある。誰かも分からない奴と(っていっても、同じ部門なわけだけど・・・)なぜ目標に向かわなくてはいけないのだろうか、という、非常に子供じみたスタートラインから始めないといけないのが自分なのだ。書いていると、よくわかる。

一歩下がって・・・

そうはいっても、この事態から逃れるわけには行かないので、なんとなくその日を迎えるのだろうから、一歩下がって考えてみる。グループという言葉の他に、実は人が集まって何かをするというときに、構わずリーダーとかにされてしまうという過去が何度かあったのだ。小学生から始まった風習(?!)なんだけど、それをこの32歳になるまで逃げまくっていた私にとっては、「グループ=嫌なことをする」という記憶が根強いのかもしれない。
それでも、一応、社会人の端くれなので、こなすことはこなしてきましたつもりですがね。

こうして話していると・・・

こうして話していると、なんとなく気が晴れてきた気がする・・・。結局、原体験が未来を決めてしまっているという良い例なんだろうなぁと思い始めてきた。記憶の力は非常に強いのだと改めて考えさせてられる。何をしようとまでは思わないけど、原因・結果の流れが記憶にあると、同じような出来事に対して防衛線のような「恐怖感」を持たせるんだろうね。

・・・こんな風に書いていると、いつもグループディスカッションをしていないように思われますが、研修のときに散々やってはいるのです。なぜこんなに緊張してるのだろう・・・。

もしかすると、日々自分が思っていることをいえるチャンスだと感じているのにもかかわらず、「そんなこと言って、スルーされたらどうしよう・・・・」とか、考えているのかもしれない。

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