2008年7月5日

学校という組織と人

営業先には、学校もある。学校は、よく「文教」というセグメントでくくられることが多い。大手ベンダーなどが、部門名に「文教」とついていることなどあって、学校は、小学校~大学などを含めて「文教」と呼ぶことが多い。
先日、ある地方の高校にお邪魔した。製品販売の一環で説明にいった。受付を済ませて応接室に。そのとき、「担当教諭が打ち合わせの時間を間違えており、本日は午後、お休みをいただいております。申し訳ないのですが、他のものが対応いたします。」と言われる。お客様の予定の突然の変更や、お客様の時間の勘違いはたまにあり、しょうがないなぁ、と思うくらいだった。
実際、応対に来ていただいた方は、部下に当たる方で話は通っていたこともあり、スムーズだった。その上、学校内の施設の見学までさせていただいて、なんとも言えず「親切」な対応をいただく。

世間ズレしている世界

1週間後、価格のご提案に、再度担当教諭を尋ねる。担当教諭も、業者なれしていることもあり、価格交渉は厳しくも慣れている感じで、良くある感じだった。
しかし、気になったのは、その担当教諭の対応でも、先日お会いした部下に当たる教諭の対応でもなく、他の先生の態度だった。
打ち合わせは、その担当教諭が取り仕切るIT関連の部屋で行われた。そこに机のある先生は、みんな校内のIT関連の仕事もしながら、個々に専門を持つ。担当の教諭、と呼んでいる方は国語の先生だし、部下にあたる・・・と呼んでいる方は英語。体育や数学、色々いる。その先生のところに、他の先生が突然入ってくる。「メールの送り方がわからない。」そんなのは、全然良い。打ち合わせをしているのは応接ではないので、しょうがない。急いでるのかもしれないし、そもそもが新参の業者にそこまで気を使うこともない、という心理もわからないではないし。
ただ、ある先生などは、大声で愚痴を言い出し、部下にあたる英語の先生にゴチャゴチャと何か言い出した。まったくこっちを無視している。また、紹介された数学の教師は、何となくこっちを生徒扱いしている。挨拶がおかしいのだ。

私が不安になったのは、私のような民間企業の営業にこういう態度を持つと言う先生のしたで育つ生徒たちのことだった。子供を持つと、社会に対する感度が強烈に増す。色々な事件や、社会問題が身近に感じる。そういう感性のなかで、親として「こんな人たちの下で育っているんだな。」と思うと、なんだか不思議な気分になった。彼らの人との接し方は明らかに、私たちサラリーマンとは違うし、恐らくは世間一般のヒエラルキーの理解の外にいる気がする。
こういう中で、いじめがあったとか、先生の不正や、指導の行き過ぎがあった・・・とすると、どうなんだろう。世間で言われる尺度、世間ズレしている彼らが、果たして私たちが問題にしているポイントを理解できるのだろうか、と気になった。
大学のように社会人経験者を先生として向かえるという柔軟な対応があってしかるべきなんじゃないか・・・と、純粋に感じた。