2008年6月28日

文字で伝えることとテレビ

人間の情報のほぼ8割~9割は目から入る映像情報で、文字や音声を圧倒的に上回っているということは、よく聞く話。目に見えるメディアが一番強い。そこから受ける影響も格段に違う。殺人事件の報道で、「殺害現場」をカメラで写しているのを見るのと、ラジオで状況を伝えているのを聞くのと、どっちが臨場感があるかといえば、映像つきなのだ。

藤沢さんのブログはチョコチョコみていて、こんなエントリーがあった。



金融日記:テレビを捨ててしまおう



文字と音声と画像と動画では、文字→音声→画像→動画と右に行くほど、電子工学的には情報量が爆発的に増えていきます。

ところが人が実際に受け取れる情報量というのは不思議なもので左に行くほど増えていくのです。

本のような文字情報はラジオの音声情報やテレビの動画よりも多くのことを伝えますし、一枚の絵画は時に何時間ものVCRよりも多くを伝えるのです。

人間がもっとも情報を伝えられるのは、実は文字なのです。




最後に、人間が最も情報を伝えられるのは実は文字である、とある。これは、伝えられるものは圧倒的に映像だと思うけど、おっしゃりたいことは分かる気がする。要するに、受け取り側の処理の問題なのではないか。文字のほうが、想像力や意味づけがしやすいというのがある。映像の情報量は圧倒的だけれど、それらを覚えていても実は後でそれほど役に立たない。問題は、文字などの、ある意味「不完全」で

「抽象的」な情報収集が、判断の材料にしたり、さらに人に伝えるときに付加価値をつけやすい、そういう意味で、文字のほうが雄弁であるというのは、うなづける。



テレビ



テレビについては、ほぼ見ていない。引っ越してからケーブルテレビを引いたのだけど、結局見てるのは、NHKのニュースとケーブルでやってる、Discovery Channel、あとはたまに映画チャンネル。これで十分日常のテレビの役割は果たせてくれている。こういう生活になって、テレビを見る時間は減ったし、久しぶりにお笑い番組とか見ると、学芸会のように見えて、こちらが恥ずかしくなることもある。

これは価値観や、「なにを面白いと思うか」「時間を何に使うか」という個人の判断だから、何を言うわけではないけど、テレビ離れは若い人の間でも割りと顕著になっていて、日本テレビの広告枠の売り上げこのQ2は厳しいと言う報道にもあるとおり、見る人は確実に減っている。

芸能界のうちわネタを披露するだけのテレビに、時間という人間の一番大切な資産を裂くという行為がバカバカしく感じられる人が増えてるんじゃないか、と思う。

2008年6月23日

シンプルさ

色々と思い悩んでしまう。元々考えやすいタイプで、「考えないでやってみたらいい」という言葉は物心ついてから、いろんな人に言われた言葉。その言葉を合えて否定するがごとくに生きてきた気もする。「考えてるんだよ、俺は!」という気分になったこともあるけれど、大半はただ同じことをダラダラと頭の中で繰り返しているに過ぎず、考えている、というより、「囚われている」と言った方があっている感じがする。ある状況に飲まれているという言葉もあっているかなぁ。そういう性格のなかで、「シンプルじゃない」という言い方をされるのが実はすごくつらい。でも、きっと複雑に、回りくどく、自分で考えてみたい、という欲求もあるのだろうな・・・と感じる。
シンプルさとはなんだろうか。単純化というプロセスは、いつでも必要なスキルだと思う。複雑なものを複雑なまま理解するというのは、抽象的に理解していたとしても、複雑なものの細部まで細かく理解できているわけではないことのほうが多い。要するに、分かったフリだ。だから、跡で「考えてしまう」のだろう。分からないものと分かるものを常に意識していることが考えすぎを回避するコツなのかなって気がしている。
しかし、いつでもどこでもシンプルであればいいわけじゃない。シンプルさは結果までのプロセスが短く、そのプロセスの回転数を上げられるうちは、経験も手伝ってよい結果を得られる。けれど、いつか限界がやってくるものだ。
そのときに必要なのは、もちろん物事を単純化するプロセスと、全体を抽象的に捉えるという2つのスキルなのかもしれない。結果を出す必要がある以上、シンプルさが必要不可欠だし、戦略を寝るための基礎体力という感じもする。