2008年8月17日

これからどうやって投資を続ければいいのだろう

この2008年1月は強烈な下げ相場だった。サブプライムが無視できない、ってことを世界の皆が思い知ることになった。実際は、この時期にわかったのでは、まるっきり遅くて、2006年から兆しはあったし2007年のパリバの件で気がつくべきだった。いやいや、考えてみれば、サブプライム問題というより、CDOのあり方とか、その前にマネー経済がアメリカの仕組みに頼り切っていたこと自体がどうだったのか・・・。 言い出したらキリが無い。後悔ってのはそういうものです。「あのときああしてれば・・・」「こうだったら・・・」。要するに「たら・れば」の世界だね。
そんなことを考えていると、自分の目的や視点をまったく失ってしまう。失っていることに気がつく。この1月からは、その連続だったような気がする。

視点

まず、相場を見て良いのか、企業を見て良いのか迷う。そのうち、過去を見たら良いのか、予測できない未来を見て良いのか迷う。もう疲れた・・・なんて思っていると、次はうわさを頼ろうとする・・・。2008年はかなり右往左往している。視点が定まらないのだ。

2004年にバリュー投資に出会って、少しづつだけど勉強をしていた。2003年くらいはまだバリュー投資をするための余地があった。相場に放置されている銘柄もあったし、そもそも、相場が安かった。「ランダム・ウォーク」とか、「効率的市場仮説」とか、よく考えてみれば、そんなもの知らなくても儲かる相場がたくさんあった。相場のトレンドが上がり調子だったのだ。そのとき、気がついている人もいれば、気がついていないで買っている僕のような人間もいた。それでも相場は上がるのだ。

これから

この数ヶ月は、トレンドラインだとか、ゴールデンクロスだとか、窓空けだとか・・・テクニカルだって立派な指標だ!なんて思って2銘柄くらい、チョコチョコとトレンドで売り買いしてみた。結果はトントン。じゃあ、バリュー株を見つけられたか・・・と言えば、実は見つけようとしても怖くて買えない。

強欲さ、そういうものを感じた。いつまでにいくらほしい。そういう感覚が出てくると、人間の欲は野放しになる。欲が人間の生活を支配するようになってくる。じゃあ、私たちが投資をしている株式ってのは、欲望と無関係か?まったく関係している。欲望はコントロールされなければいけない・・・というが、欲望とはそもそもなんだろうか。 きっとこれからも迷うだろう。でも投資をするんだろう・・・。

ある、テクニカルの本を読んだとき、不思議なことが書いてあった。投資とは、資本を経営者に渡して、その上がりを期待することだ、と。自分ではなく、その経営者に託すこと。そして投機とは、自己責任で売り買いを決定して儲けることだ、と。だから、投機は自己責任の度合いが高いのだ、と。投資も同じだと思っていた私は、なんだか不思議な話を聞いた感じがした。投機も投資も、相場か会社か、ってだけ。結局は自己責任。

シッダールタ、という本があったけど、その言葉を思い出す。 「私は、考えることができます、待つことができます、断食することができます」

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