2008年12月18日

マクドナルドの電源


マクドナルドには最近電源が付いている席が多くなってきた。そこでよく見かけるのが、NintendoDSやPSPを持ち込んでグループで対戦をする人。勿論、ノートPCで仕事をする人もいるし、携帯の充電に使う人も多いけど、目につくのはゲーム組です。

中には子供同士でやってるグループもいる。遊び方が変わってきたなと感じます。息子に同じようになって欲しいとは思わないけど、なっちゃうのかな。

私はこんな感じでiPhoneを充電することが多くなりました。もちろん仕事もしますよ・・・

Posted by ShoZu

良いバー


・居酒屋っぽくない。
・並んでる酒の中に、堂々と焼酎を置いてない。
・スナックっぽくない。
・地元の匂いがし過ぎない。
・明るすぎず、暗すぎず。
・でも、ちょっとだけ暗め。
・一人で考え事が出来る。
・関係者に会わない。
・おしぼりが臭くない。
・目立って仕事を見せつけない。

また行きます。

2008年12月17日

いい吞み屋


いい吞み屋の条件は何か。1人で飲みに行きたいと思える店ってスゴく少ない。マスターが良い人ならいいのか、飯が美味かったらいいのかというと、実際は全く違うのかもしれない。
あまり、「ありがとう」がワザとらしいのは嫌だし、うるさいのも嫌だ。マスターが人懐っこいのも嫌だし、無愛想すぎるのも嫌。

2008年12月14日

風邪ひきの息子


インフルエンザではなくてよかった。

Posted by ShoZu

シナリオメモ(2)

米国自動車大手ビッグ3の救済策については、いろんな意見があるけれど、立場で見事に割れている感じ。
  • ウォール街の高給取りは助けたのに、一般的な所得層には手を差し伸べないのか。
  • ビッグ3の業務改善案は非常に貧弱なので、税金で救済する必要はないのではないか。
  • そもそもが、救済策があろうが無かろうが財務省が助けるんじゃないの?
  • 大統領が正式に交代した後のほうが問題じゃなかろうか。
などなど。250万人を超えるという雇用の確保も含めてアメリカの雰囲気が決まってくる。実際、これから車は売れなくなってくる感じ。先日のエントリで、「車がなくなることは無い」と書いたけど、新しい車がどれだけ売れるかというのは、ちょっと疑問が残る。

自動車というもの

考えてみると、自動車は非常に複雑な代物で、製造過程や研究開発にかかる費用は他の商品とは違ってくる。そして、一番違うのは、高額で複雑な代物の需要は個人に根ざしているという点。携帯電話も複雑だけど、買い替え需要と安全性の確保など、恐らく自動車とは比べられない。そのほか、需要が個人に根ざしたモノといえば、住宅もあるが、実際は自動車ほど複雑とは思えない。その他の複雑で高額な商品は多々あるにしろ、最終的に需要が個人に根ざしているものは少ない。
そういうものを作るには、かかわる技術や人間などの規模が大きく、それが故に雇用もそれにまつわる金の流れも膨大だろう。それが止まろうかといわれている状態だ。インパクトが小さいわけは無い。今までは自動車は、オーナーシップだったり、強さの象徴だったり、使い勝手だったり、というのアピールアピールポイントの中心だったと思う。要するに、ソフト面。しかし、今問われているのは、ハード面、特に、燃費。プリウスの登場や、そのほか、石油由来の燃料に頼らなくても走る車の存在がだんだんと現実味を帯びてくるにしたがって、消費者も変わってきた。アメリカで大型のSUVが売れなくなって久しいけど、消費者が思う、車のイメージは変わってきている。買い換えるなら、同じものはもう買わない。

相場に関して

自動車については、とりあえずこれから地合がわるくなる一方だと思う。日本でもトヨタの生産量下方修正(800万台の件?)、ホンダのF1撤退、そのほか、製造業全体に言われるのが、生産量下方修正に伴う、派遣従業員の解雇増加・・・・。自動車周りはボロボロ。
相場環境も、これに伴って、ボロボロに近い。どの銘柄も、賭博場のようにチキンレースのような感じ。日計り商いをするしかないかと思うけど、本業である日々の営業活動と日計り商いを両立するには、かなりの気持ちの強さとバランス感覚が必要になる。
・・・とはいっても、日々の営業活動も、あまりパッとしないので、いいのかもしれないけど。

2008年12月7日

シナリオメモ

少し相場状況の整理を始めようと思う。最初に気になる項目については以下の通り。
  1. アメリカの0.5%の利下げ予測
  2. アメリカの非農業分野の失業者数増加
  3. アメリカの失業率:6.7%
  4. ブッシュ大統領のリセッション入り発言
  5. 自動車ビッグスリーの業績悪化と救済策の遅れ
  6. アメリカの利下げ予測とリセッション入り、低金利政策などを含めて、ドル安の可能性大
  7. ドル安に伴う円高予測
  8. 円高になることで輸出関連、特に自動者に打撃
というシナリオが一つ考えられる。ただ、そのあと考えられるシナリオもある。自動車に限っていえば、以下の通り。
  1. 自動車がなくなる事はない。
  2. より根本的にコストの低い自動者が求められる。
  3. ハイブリッドだけではなく、燃料電池自動車などのニーズが高まる。
こういう時期には、新しい提案を持っている会社が強い。当然だが、顧客思考であることが大事。常識的に考えられる顧客ニーズをとらえ実用可能な技術の適用が望める製品を持つことが重要。

2008年11月23日

iPhoneとAndroidについて

この2週間くらい、iPhoneを買おうと思い色々と調べている。以前、自分のブログ(soulram's weblog -はてな)には、「Androidの日本投入まで待つことにする」とエントリの中で話したが、実際にiPhoneを触る機会が重なる中で、その革新性とオーナーシップにかなり影響され、今ではほしくてたまらないものの一つに。

au携帯のデザイン

今使っている携帯は、auで、au design projectというデザイン重視の携帯ラインナップで2006年だかにでた「MediaSkin」。スタイルと大きさは今でも気に入っているが、その後、Infobar2も含めて、auの携帯電話のデザインは他の他社に抜かれている気がする。
女房と二人で、「auのターゲットは、10代~20代の若者中心になってんじゃないか。機能的にも、デザイン的にも。」という話をよくしているが、デザインについてはこの冬モデル全般にも、クールである、と思わせるデザインはまったく無かった。昔はデザインが他の携帯会社を凌いでいた様に見えたんだけど。
そもそも、携帯電話を買い換えようと思い始めたのは、そろそろ継続使用して2年経ちそうでバッテリーのもちにも疑問がでてきたり、妻の携帯も同じ状況であることがあげられるんだけど、それでもauの携帯に変えたくないというのが発端かもしれない。

iPhoneに対する疑念

この相場環境の悪さから、現実逃避的にiPhone購入というネタに取り付かれているのだけれど、実際、使い心地が悪いようには思えなかった。
ただ、それでも気になる部分は多い。以前、Willcomの「W-ZERO3」を使っていて、「スマートフォンがこれなら、いらない」と思い、解約している経緯もあるので、操作性や機能性について少し考える部分はある。
  1. 携帯メールにこないだまで制限があった。(今では、i.softbank.ne.jpドメインを、他のキャリアが許可しているみたいだから、問題ないのかしら・・・。)
  2. メールは端末に保管されず、メールサーバでの閲覧となる。(電波が通じない場所で、過去のメールを見ることはできないの?)
  3. 携帯サイトが見れない(実際、この点についてはかなり大きな問題のような気がする。後述。)
  4. バッテリー(しょうがないかな・・・・。iPodとしてつかったら、もうあっという間に無くなったりして。OSのアップデートで解消されるのだろうか。)
  5. 大きさ(でかい。通話時に耳に当てるとなんか、今までの携帯より幅があるので違和感がある。)
  6. S!メールとの互換性(いまいちハッキリしない。)
  7. メール通知(メールが届いても、バイブのお知らせが無い?この辺がまったく想像できない。)
など・・・。
携帯サイトが見れないと
いうのは、実は大きい。W-ZERO3を解約したのも、実はこの話が大きい。

携帯サイトの閲覧ができない

携帯サイトはi-modeで出始めてから長期間で色々と研究されているから、小さな画面でいくらか見やすいようになってきている。PCで見える情報、扱える情報を携帯の画面内で見るためにはどうするべきか考えられているから、制限されたインターフェースで一通りのことができるようになってきている。
しかし、W-ZERO3などのスマートフォンは端末情報としては、PCなので携帯サイトが用意されていても閲覧ができないことが多かった。何が不便って、小さい画面にPCサイトを表示されてもありがたくないのだ。Web画面をあの小さな窓でオペレーション使用とすると、携帯電話で普通に携帯サイトを見ているほうが圧倒的に操作性が良かったことを思い出す。
この点については、iPhoneはYahoo!ファイナンスや、Gmail、Googleカレンダーなど一通り見やすく変換されてはいるのでいいのかも。あとは、ブログを読んだり、記事を読んだりする際、どんな感じになるのかが気になる。
今一番気になっているのは、証券会社の決済画面。今メインで使っている証券会社の場合、携帯サイトからの手数料とPCサイトからの手数料は105円と1050円という差がある。PCで調べて携帯で注文を出している私としては、証券会社を変える必要があるかなぁ・・・・と考えてしまう。
そのうち、携帯サイトビューアを携帯のアプリでみる(?!)ということができるようになればいいのだけれどね。見れるだけではなく、機能も同じになることを望みます。
(いまは、W-ZERO3でも携帯サイトを見れるみたいです。私の勉強不足。でも、手を入れなくても普通に見れるといいのですがね。)

Androidについて

Androidについては、随分前からdocomoとの連携が話されていた。本当は、auでやってくれないかなと思っていたのだけれど、KCP+に注力しているからから、Androidの反応はそれほどよくなく、結局先週の日経でも報じられていたけど、docomoが2009年に出すとのこと。
ただ、これについても「国内市場への積極投入」も、もちろんだろうけど、「海外への低廉な携帯電話供給」という側面のほうが強いような気がする。docomoは、Androidでお財布携帯など、今現在、携帯で行われているサービスを実現して国内で展開するといっている。これはかなり迷った。Androidをまっていた、という私にとっては、「やっぱり、後半年待つべきか」とかなり迷った。

デザインがわるい

そこで頭をもたげたのが、Appleのデザインだった。かっこいい。実際、T-Mobile G1はかっこ悪い。キーボードとかいらないし。あのキーボードの感じ、機器自体の厚さ、キーボードの右側に来るボタン類が邪魔そうetc・・・など、あのスタイルを見ていると、少なくともオーナーシップをくすぐられる機器ではない。韓国のHTCが、Touch Diamondなどだしていて、「Androidも、せめてあんな感じにならないかな」とおもっているが、あれでも、かっこよくは無い。
革新性とデザイン、オーナーシップという観点が、実は日常生活をともにしているものにとって非常に大切なんだということをひしひしと感じている。
最後に、iPhoneと、Androidを比較した動画を。見た目でみると、やっぱりiPhone。しかし、デザインはこれから変わる・・・・んだろうけどね。それでも、昨今のあらゆる家電などが、ドンドン「Apple式デザイン」になっていて、デザインのあり方、ユーザーインターフェイスのあり方のリーダーカンパニーだとするなら、iPhoneを凌ぐデザインがこれから出るか、というのは考えにくい。


そうはいっても、GoogleのChromeのほうがSafariより好きだし、Gmail、Google Docsなど、Googleのサービスも「革新性」と「ユーザビリティ」についてはAppleを凌いでいる部分があると思う。この2社が一緒にやってくれたら、いいのに。
Googleの基盤技術やサービスとAppleのユーザーインターフェイス(機器のデザインも含む)が統合されているのがいい。実際、iPhoneではYouTubeなり、Gmailなり見やすいから、既に統合されているのかもですが。
それにしても、携帯サイトが見れないのは、痛いです。

2008年11月12日

FMCNが半分以下に・・・

FMCNのカンファレンスコールを聞いて、涙が出そうになった。日本時間の午前1時50分ごろで、FMCNは約45%下げて、現在の価格は$8の後半。$20から半分以下となった。日本株でもここまで来ることはなかったので、少し気持ちの整理が必要なほどの下げだった。
この件で、何となく気がついたことをいくつか。
  • PER90倍を超えていること知っていながら、なぜ買ったのか。
  • 広告ビジネスをしっていたのか。
  • 中国の経済刺激策がそれほど刺激にならないのだから、中国本土株をADRで買っていれば影響があることは予想できたのでは。
  • この時期に、なぜこのようなセクターに手を出したのか。
後悔先に立たず。今まで習ったことや、自分で覚えたことなど、この下げで色々と気づかされることが多かった。バリューに投資して買い持ちするつもりだったのか、機会に投資してトレーディングするべきだったのか。
どちらにしても、自分に対して疑問が残る。自分の中のどの戦略にも当てはまらない銘柄選択だったのではないだろうか。
今回の出来事や、この下げ相場から学ぶことは本当に多い。

2008年11月3日

仕事のあれこれ

仕事をしていると、いろんなことが気になる。皆同じだと思うけれど、気になったものをどうやって処理するか、どうやって表現するかというのは、それぞれ気になる。それぞれの立場で色々なことを気にしながら、最後に出力される答えはマチマチになってくる。

この会社に入って半年経った。居心地は悪くないのだが、他の社員と話をしていて、なんだか期待にこたえ切れなかった自分を感じた。この上期を振り返ってみると、何を期待されているのか、何ならできるのか、今の状態でどうやるべきか・・・。それぞれに自分が反応できる答えを見つけることができなかったことを思い出す。この会社での身の振り方で言えば、ちょっと勘違いしていたかも知れない。

これから会社でどうしよう

会社の人間と話していると、この上期を振り返って色々な話を聞いたが、私を見て、「大変そうだ」ということをよく言う。この一言は実に曲者で、「大変そう」っていうのは、言いたいことは深く、それでいて言葉自体に意味は無い。「本当に大丈夫?」という言葉もその中に含まれているだろうし、「本当に大変そうだね、」という同情もあるだろう。「残念だね」もあるだろうし、「ちょっとムリなんじゃない?」もあるだろう。いろいろな意味がある、この「大変そうですね」という一言をいろいろな人からもらった。

そんな言葉をもらう中で、なんとなく炙り出されてきたのは、自分のできることをやってない、という思いだった。自分の全力を尽くさず、何かを待っているのか、怖がっているのか。

  • 自分のできることを意識する
  • 意見を言う
  • 斜に構えない
  • 必要と思われることは、全て書く
  • 今までの経験から予測する
  • 変化が必要なときは、そのように言う。


元々、仕事の上で自分のできることをやる・・・全力でやる・・・という基本的なことに凄く怖がり。耳と目はいいけど、手が動かないタイプの典型だと思う。その上、耳と目で仕入れたことを口にもしないので、指示待ちに見える部分もある。要するに、「出し惜しみ」をしているのだ。行動全般に昔から怖がり。

行動に移すということ

なぜ、出し惜しみをしているか、といえば、出した結果に対する評価が怖いから。誰だってそうだけど、行動に移して、結果がどうなるかは怖い。私はそれが人一倍怖い。きっと気がつくことは多いと思う。それが故に、怖くなってしまうこともある。

なんとなく、以下に行動と気付きについてまとめた。ここにも書いてみたけど、気付きは行動をしばることがある。人間って、そんなに色々できないなぁ・・・と改めて感じる。
ただ、行動を優先させるためだけに、耳をふさぎ、完成を鈍らせることはできないということも、今までの経験にある。



気付いた分だけ動かなくちゃいけないってことだ。結局、「仕事は気がついた人がやるはめになる」という話。怖いしめんどくさい。

2008年11月1日

この時期の戦略

来週(11月4日の週)をどのようにするか・・・を考える。
  1. 短期トレードの重視。
  2. 銘柄の絞込み。
  3. 5%~10%のボラティリティを想定。
  4. なるべく、日計り商い(デイトレード)を心がける。
  5. なるべく精神的なストレスをかけない。
現在の市場について、長期的なスタンスをとるか、短期的なスタンスをとるか、その点については、短期で考えたいと思う。きっかけになったのは、信越化学(4063)での売買を行った際に、現状の値動きを見てしまう限りは、この方がパフォーマンスが上がりやすいと思ったこと。日計りでボラティリティを想定しておき、その中で売買を行う。結局、その日は金額で5~6万ではあるが値を抜くことができた。

現状での長期投資スタンスは、上に上げた5つのポイントの5番目にあるストレスという点で、かなり不利になる。そこまで強くない、ってこと。また、相場全体のボラティリティが大きいが読みやすくなっているということもあり、1番目の短期トレードを重視したい。

ボラティリティでいうと、5~10%は現実的だと思う。また、2番目であげた、銘柄の絞込みだが、これについてはあがりそうな銘柄に絞り込むことも大切とは思うが、ここで想定しているのは、「安全性・流動性が十分な銘柄」という意味だ。PBR、BPSしかり、PER、ROE、キャッシュフローしかり。長期投資に使える銘柄を短期で売買する。結局、この状況なので、倒産リスクについては業界や各企業に差はあれど、リスクが高まっているのは事実だし、リスクと値上がり幅を天秤にかけた場合、いまは、リスクが重たくなる可能性も高いとの判断で、「刺身に使える魚を、焼いてみる」みたいな発想で、銘柄の絞込みを行いたい。

NYSEの相場も日本と似ているが、参考になったボイスブログが以下。


2008年10月29日

ここで、手仕舞い

もっと早くやるべきだったというのは、もっともだが、できなかった。自分の甘さ、自分の弱さは、売るということ自体、頭に浮かび上がらせることが無かった。私は呆然として、この1ヶ月をすごしていた。資産は3分の1ほどになり、日に日に下がる相場を眺めながら、麻痺していた。

それでも、このままでは悔しいな・・・とおもって、会社のトイレで用を足していると、ふっと浮かんできたこと。それが、「一度、手仕舞いにしよう」ということ。そう、「損切り」だった。これ以上下がったら、これ以上あがったら・・・。そんなことを考えながら日々相場を眺めてしまう。上がり下がりに左右されないというのは、それなりの鍛錬がいる。

今日深く感じたのは、手仕舞い、損切りは、次へのステップだということ。下がってしまって「損失を確定するために」損切りを行う・・・とは、よく出てくる言葉だ。しかし、何となく綺麗ゴトに聞こえていた。
ただ、この局面で、やっぱり損切りしておけばよかったなぁ・・・と思っていると思ったのは、自分の資産価値が、貨幣や株式に形を変えていく中で、今、貨幣に戻すと損失に見えるということだけであって、また投資先を見つければ言いだけの話なのだ、ということ。

損切りをして思ったのは、「さっぱりした」ということ。損切りできないときはキャッシュポジションがあっても、「どれがいいのだ・・・・」と目移りしてしまうことが多かった。いまホールドしている値下がり株たちのことも考えながら、キャッシュを株式に向かわせるために何をすべきなのだ・・・と考えることが非常にストレスだった。一度、確定してしまうことで、次のステップにうつれそうな気がする。

2008年10月26日

売り買い雑感

売り買いに関する雑感を書いておく。メモ程度。
  1. 景気後退は、優良銘柄、特に財務内容が優良な企業については買い。その他、ビジネスの継続性と、過去にEPSを継続的に伸ばしてきているような、収益性がハッキリしているものは買い。
  2. 景気後退時はできるだけ早く損切り。損切りした後の暴騰・暴落に備える。
  3. 景気上昇時は順張りで買い。流行の銘柄に手をつけても良い。
  4. トレーディングは、上下5%~10%の幅で売り買いを行う。それ以上の利幅を短期で追うのは、リスクが高い。
  5. トレーディングは、優良銘柄に限って行う。万が一、ロングのポジションをもっても、諦めのつく銘柄。
  6. 原則、信用は行わない。
以上。
勝手なのかもしれないけど、この局面を迎えると、バリュー投資・長期投資というものの意味が身にしみて分かってくる。敢えて言えばこういう局面に出会ったことで、今後の投資戦略や、心構えに磨きをかけるチャンスになったのかもしれない。

次のタイミングに備える

この状況で、「あぁ~、投資なんてもうやめた」と思うことは無いと思う。この辛い時期を通り抜けた後、どんな銘柄を買っておけば儲かるのかを考えることに集中する。今回ほど、近視眼的に市場を見ていたことを後悔したことはなかった。

次のタイミングが来る、その時にどういう状況であるべきかを考えなくてはいけない。まだ、先が読めないのであれば、基礎を見直し、固める時期として捉える。

2008年10月25日

今やらなくちゃいけないこと

この景気後退、アメリカ発の金融危機を迎えて、今やらなくちゃいけないことはなんだろう。
  • 損切り
  • 勉強
  • 我慢
損切りは、しなくちゃいけない・・・と一言で言うのは乱暴かもしれないけど、できる水準であれば、損切りしてキャッシュにしておいたほうがいいかもと思う。といって、できていないけれど。
いくつかの銘柄は損切りをして、キャッシュにしておいた。自分で「この銘柄は、結構今までも相場と相反した動きをしていたのもあって、(ちょっと割高かもだけど・・・)ディフェンシブだろう」なんて思っていた銘柄だけ残した。
しかし、そのディフェンシブだと思っていた銘柄が、ドンドン含み益を喰っていき、含み損に達する勢い。これには青ざめる。そのうえ、キャッシュポジションをキープしきれず、「これなら、今行ってもいいんじゃないのか・・・」なんつって、バリュー銘柄と思われる銘柄に手を出してみたが、こちらもいきなり損。

こうなると、今は勉強をするじきかな・・・・と。平時であれば「こんな優良企業が割安!」なんて思える銘柄がゴロゴロと手付かずで放置されている。それも誰も買おうとしない。サラリーマンは、日ごろ、銘柄研究の時間が限られているので、今、この時期に銘柄研究をしてもいいかも。

それと、後は我慢・・・。待つことを知らなくては。

2008年10月19日

チャートの意味

チャートを見ていると、気がおかしくなりそうになることがある。明日は、次の瞬間は、このグラフは上に行くのか、下に行くのか、そんなことを考えていると、なんだか周りの目を気にしながら生きている時の自分を思い出す。自分の評価は?彼は、彼女は、自分をどう観ているのだろう・・・、そう思い始めたときに次の一歩を踏み出すきっかけは、思い切りだったりする。その思い切りるきっかけは、自分で方向性を見出して、方向性を決めるときだ。
株価は毎日、瞬間瞬間で変わる。そのチャートを見ていて、如実にわかること。そのチャートが示していることは、未来は分からないのだ、という事実を分からせてくれているように見えてくる。記録は、常に過去を示していて、僕たちは、過去を判断基準にして生きている。こればっかりはしょうがない。
あとは、自分に言い聞かせよう、「次のチャンスもある、何度でもバットを触れるようにしておこう」

2008年10月15日

フォーカスメディア(FMCN)買ってみる

  1. アメリカの金融安定化法案
  2. 中国
  3. インド
  4. フォーカスメディア(FMCN)
昨日(14日)、連休明けは日経平均が1000円を超えてきた大相場だった。ある意味、先週末のG7から動きが出れば週明けは明るい相場になるだろうと誰もが考えていたと思う。月曜日(13日)の深夜にNYSEの相場を見ていて、上がりそうな雰囲気だったので、フォーカスメディア(FMCN)を買ってみる。同日で、10%上げだった。翌日下げるものの、3%マイナスということで、ロングでポジションを取っている人もだんだん増えてくるのかな、と期待。
中国は協調利下げへの実質参加や、その前から始まった緩和策の一つ一つが好印象。実際、13日はハンセン指数も上げていた。14日はそのまま天井を保ったまま、15日は若干マイナスで始まっているが、市場状況はよくなってきたのかなと思いたい材料。

EUも協調しているのと、イギリスの公的資金投入についても交換。円・ドル、円・ユーロも以前、円高感はあるにしろ、安定し始めているのかと、こっちもかんぐってしまうような感じ。

アメリカの金融安定化策について、資金投入25億ドルだったかが、始まる。銀行への資金投入が本格的になり、インターバンク市場で言われる流動性の枯渇が解消されてくると、金回りが徐々に復活するかもしれない。(参考:http://gaikokukabuhiroba.blogspot.com/2008/10/blog-post_9722.html
ただ、こないだも書いたけれど、アメリカの消費者需要の落ち込みは結構なものだと思う。ここから分かるのは既存の需要と供給の流れが、この世界恐慌で変わってしまったのかもしれないという懸念。じゃあ、今までの消費を誰が担うのか?という疑問がでてくる。実際、それでもアメリカの消費が格段にさがり「つづける」というのは考えにくいが、中国やその他の地域の需要開拓ができる商材を扱っているビジネスに注目したい。

2008年10月10日

換金売りとかいろいろ

  1. ヘッジファンドの換金売り一巡まではこの状況が続く
  2. アジア諸国では、CDOの購入が比較的少ないらしい
  3. テルモが強烈な下げ
  4. 100円われの円高を受けて、利下げの可能性もでてきた

ってことで、一応今日の相場についてメモ。まだ東証は終わってないが、とりあえずメモできるときにメモをしておく。

どうやら、やっぱり、相場の最初の底は12月を過ぎる感じがしてきた。理由は、1番にあげた、ヘッジファンドなどの換金売り一巡。12月決算に向けて毎年換金売りがあるとのこと。それが今回は強烈なこともあって、この下げなのかもしれない。日本の場合、アメリカの景気後退がもたらす影響で今思いつくのは、

  • 今まで資金提供元だった外資系不動産ファンドから不動産業界への資金が流れなくなったので、REITなどの市場も駄目になり、不動産不況になった。
  • 結局、車はアメリカ人が買っているらしいので、彼らに金がなくなると、車が売れない。アメリカ人は、借金体質なので、不動産担保で車を買ったりしていたところに、不動産価格下落ということで、担保価値が目減りしたので、結局可処分所得が小さくなって、物を買えなくなってきた。
  • 住宅着工の数も減ることから、建材などが売れないから、日本の素材業界も駄目。
  • そもそも、景気が悪くなってくるとドルが売られる。円高になると、日本の輸出業界が痛い目にあう。
  • ドルの価値が下がれば、ドル資産の価値も下がるので、世界から資金の引き上げが起こる。
  • 日本はドル資産を、昔からたくさん持たざるを得ないことになっている。

日本がアメリカの属国である・・・・という理屈が見えてくる。そういうわけで、日本は生産設備が国内需要に比べて強烈に過剰だ、というのはずいぶん前から指摘されているので、今後はその「買い手」を世界で見つけなくちゃいけない。そこで気になるのが、ブランド。実は、世界で日本の製品は必ずといっていいほど使われているが、結局海外ブランドだったりすることも多い。家電などの基礎技術だってきっと日本はすごいけど、消費者からすると日本のメーカーのものではなかったり。パナソニックのブランド周知はアメリカでも何十位だったものね。みんな知ってるのは、SUMSUNGとか。今後世界で市場を見つけなくちゃ、というのは簡単だけど、実はそれが日本は一番苦手なんじゃないのかな・・・って思う。

とりあえず、CDOについては、アジアや産油国周辺の人たちはあまり買ってないのだそうです。結局彼らも、「俺らは大丈夫!」というけど、問題は将来なんだよね。アメリカが今まで、皆の将来を形作ってたって言うの事実、あると思います。ドバイの金融センターだってなんだって、日本やアメリカのお金をなくしては成り立つとは思えない。ノウハウはどうしてもそういう国に集約されていると思う。そういうことを考えていると、浮かんでくるのが中国なんだよね・・・。中国は、やる気がある。アメリカ人と似てるんじゃないかな。

テルモがすごい・・・。マジで参ります。PER20倍を切ってきた。結構、この銘柄はディフェンシブだって考えている人が多かったと思うけど、ストップ安なんて「まさか・・・」です。バフェット氏などは、こういうときに買い向かうのでしょうか・・・。正直、地合で売られているんだと思いますよ、実際。

2008年10月8日

今日の相場

2008/10/8
  1. イギリス・公的資金投入、最大9兆円
  2. アジアの市場指数軒並み下落
  3. 日本は、最大で952円の下げ。日経平均が1日で10%の下げ。
  4. 日銀は利下げせず資金投入
  5. FRB、利下げ示唆
  6. 米財政赤字が過去最大
  7. オーストラリア、1%利下げ
  8. 中国、0.25%利下げ
  9. タイでまた暴動
  10. トヨタの営業利益40%の可能性・新興国、北米での販売不振
  11. 新興国でも自動車関連軒並み販売減
  12. ドル円・100円割り込む局面も
というわけで、今日は盛りだくさん。世界的に下げ相場が明確になってきた。信用創造の仕組みの根本的な理論は存在するんだろうけど、その存在価値自体を試されている局面なのかな。「実物の売買を伴う経済活動」の下支えの無い需要というものが排除されている。

イギリスは、RBSなどを始め3銀行に最大9兆円の公的資金投入を決定の予定。アジアの一部が反応したが、結局これもマイナスからゼロ水準に戻すだけの力は内外ともに期待薄で、相場を維持する理由としては不十分。その他、アジアは目も当てられないほどに下落。日本は、一時952円の下げで、強烈な痛手。
FRB、中国など利下げが相次ぐ。アメリカの財政赤字が過去最大になってきた。8日のアメリカの市場が始まった途端に、ドル売りも活発なのか、日本時間の8日21時30分現在で99円70銭付近。日本の9日の相場で、トヨタの営業利益の下振れ+円高で自動車や輸出株はぼろぼろになりそう。

そのほか、タイで暴動、すでに死亡者あり。インドネシアは通貨暴落のためこのタイミングで利上げをせざるを得ない。

世界的な相場の悪化は、アメリカのファンドの45日前ルールによる売り一巡があったとしても、どれだけマネーが戻ってくるか懐疑的・・・だけど、結局一巡してみると、みんな戻ってきたりして・・・。
10日開催のG7でどんな感じになるのかな。協調利下げの確認で終わり?

2008年9月28日

相場の底

相場の底

相場のことがやっぱり気になっている・・・とはいえ、やっぱり相場から買う以上、気にはなる。そういう意味もあって、やはり「相場の底がいつなのか。」「いつから買い始めようか」ってことは今の状況ではナーバスにならざるを得ない。

そんな状況のなか、堀古氏、広瀬氏のオンラインセミナーを聞いてみた。
  • 10月底打ち説
    • ケース・シラー指数を見る限りで、マイナス幅が収縮に向かっている。不動産価格の底打ちが始まっているように見受けられるため、10月が1つの底打ちなのではないか。
    • 空売り規制が10月に解除されることもあり、空売りが規制されている状態での相場参加者が減った状況から平常時に戻るため、売り買いが活発になるのではないか。
    • 9月は元々中間期決算の関係もあり、安い相場になりがちだ。
  • 12月底打ち説
    • 相場参加者は、決算が怖い。12月の本決算が過ぎることで、ある程度、悪材料の出尽くしが期待できるのではないだろうか。       
    • 証券会社などは、「つぶれなかった」という評価がプラスに働き、持ち直すのではないか。金融株に関しては、あがるときは大きく上がることが多い。
ということらしい。本当かどうかわからないけれど、今年最後の四半期は我慢我慢になりそうな気がする。

この状況で、「じゃあ、何をどのタイミングで買えば良いんだろうか」ってことまでははっきり分からないが、取りあえずメモ代わりにここに書いておこうと思う。

2008年9月27日

バフェットの効率的市場仮説、短期投資に関して

この「サブプライム危機」と呼ばれるアメリカ発の住宅ローン債務の証券化に無理が祟った不況にはいってから、なんだかバリュー投資の話を読み返すことが多い。実際、最初にバリュー投資に出会ったのは2004年ごろ。中国株がもてはやされ始め、「貯蓄から投資へ」が形になり始めていた頃かなと思う。実際、その頃から投資を始めた私としては、大きなお金も無かったので、儲けも大きくなかった。この頃は、目の前に置かれた「バリュー投資」という手法をとりあえず本を読み読み勉強したが、身になったかというと、疑わしい部分も多かった。
それがこの不況を受けて、今、身になりつつ歩きがする。
その中で、ウォーレン・バフェット氏の短期投資に関する見方を、「麗しのバフェット銘柄 (ウィザードブックシリーズ 116)」の一文に見つけた。

効率的市場仮説は正しくもあり、また間違いでもある

 かつて一部の大学教授たちは、株価には全ての公開情報が直ちに織り込まれるので株式市場は効率的であり、それゆえに市場平均を上回るリターンをあげるのは不可能であると主張した。よってベストの投資法は、市場平均と連動するインデックスファンドに投資することである。これについてバフェットは、投資家の九五%は目先の利益を追求しているので、株式市場は短絡的にはきわめて効率的であると述べている。彼によれば、短期のマネーゲームではこれらの人々にはかなわない。
 しかし、これらの近視眼の人々は長期の投資戦略などはまったく持っていない。その証拠にわずか六ヶ月までの投機オプション市場では毎日何万枚ものもの取引が行われており、二年間の長期オプション市場の取引高は微々たるものである。バフェットの投資尺度によれば、二年でもまだ短期の投資スパンである(五~10年のオプション市場などは望むぺくもない)。バフェットのすごいところは株式市場は短期的には効率的であるが、長期的にはまったく非効率的であることを見抜いていたことである。したがって、彼は株式市場の長期の非効率さを利用する投資戦略を作り上げた。これがバフェット流の選別的な逆張り投資法である。

麗しのバフェット銘柄 (ウィザードブックシリーズ 116)」48p~49p

効率的市場仮説は、価格は収斂するんだよ、なんてことを言っているわけですが、短期的にはこれは正しいのだ、と言っている。これについては、ジョージ・ソロス氏が「再帰性」と言っている話も見え隠れする気がする。相場というのは完全な客観性において観察することが難しく、参加者は同時に影響を与える存在になりえるのだ、ということだ。逆に、参加せずに観察することも難しい。

価格表の無い世界

ウォーレン・バフェット氏に、ジョージ・ソロス氏の共通点のひとつに、一般理論として通用しない世界観があるという部分を上げてみたい。これは、ITの営業をしている中でも気づいたことだが、ビッグ・マネーが生まれるときというのは、後先が分からない世界、混沌とした世界観があるときだと思う。同じ相場、同じ銘柄をみていていても、彼らの見ている世界観は、彼らも含めてまだ誰も値付けができていない世界なのかもしれない。だからこそ、大きな金が生まれる。大きな金は、大きな期待や大きな失望の中で生まれることが多いとも思える。それが無くなり、一般理論が沢山生まれると、いわゆるコモディティ化してしまい、そこに関与する人々が増える。そういう後追い的な参加者に共通してみられるのは、確実性を求めるということだ。だから、相場は短期的には効率的な作用に左右されるのかもしれない。確実さを求めるあまり、そのように動く。

ITの営業をしていてい、なぜ気がついたかというと、ITベンチャーが大きく大きく儲けることができるのは極論すれば、彼らが値付けをできたからという点があると思う。まだ誰も何もしていない部分に飛び込んで新しい価値を示す。そのときに「これはいくらだよ」ということをいうことができた。これは、価格表の無い世界に価格表を作ったということではないだろうか。
ウォーレン・バフェット氏にしろ、ジョージ・ソロス氏にしろ、誰も見ていない世界で値踏みをするスキルがあるのではないだろうか。もしかすると、それは正解ではないかもしれないが、今となっては、ジョージ・ソロス氏の言うところの、「再帰性」の作用によって、効率的市場仮説の一端を担っているのかもしれない。

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2008年9月13日

後悔と決断について(テルモの値下がりでおもったこと)

投資家のできる最大の努力の一つとして、「過去の失敗から学ぶ」という話を聞いた。投資に限った話ではないし、今考えていることが、失敗なのかというと、正直まだ分からないが、迷いが多いので、ここにまとめておこうとおもう。

最近、投資判断をする以前の話で、何をよりどころにしたら良いのか迷うことが多い。「相場」と「ビジネス」だ。この2つはまるで別のものではなく、お互いはお互いが合って成立している。だからこそ、迷うことが多いのかもしれない。
ウォーレン・バフェット氏は、相場のことを「ミスター・マーケット」と呼び、神経質に毎日「あれがあがったこれが下がった」と報告してくれる人物になぞらえた。彼は、ミスター・マーケットの報告に一喜一憂してはいけないと言っている。また、ジョージ・ソロスは、市場は間違えるといっている。現在の経済環境を紐解く理論の元には、効率的市場仮説や、ランダム・ウォーク理論などがあり、どれもこれも相場は必ず収斂するのだ、という思想に基づいているが、それは間違いだといっている。そして、「再帰性」という考え方を市場で実証したいといっている。市場は勝手に進んでいるものではなく観察者は参加者でもありえる上に、参加者の思惑は市場に影響を及ぼすので正確に観察することはできない、というのだ。

こうした理屈におぼれてしまい、ついには「何が正しいのか」自分の中でまったく、分からなくなってしまった。今の経済環境は下げ一辺倒か、と思いきやそうではない銘柄もたくさんあるし、経済環境だってどの業種も一様に下げているわけではない。良い例がアメリカの輸出産業の好調さなどだ。その中で、テルモは非常によくがんばっていた。ピジョンについても同様で、相場が下げるほどに買われていた。

  • テルモは、6300円から、この1週間程度で5650円まで値を下げた。「もしも」、6300円で売って、今買えば、儲けが出ている。
  • 昨日は、ECの景気の悪さが為替にモロに出ていた。1ユーロは140円台に突入。テルモは売上の20%をヨーロッパに依存していることもあって売られた。
  • そもそもの配当利回りが下がりすぎているという見方もあった。5700円前後で約0.55%。インカムゲインが見直されている状況では、もっと配当利回りの良い銘柄はある。
  • しかし、テルモのPERは30倍を大きく超えることはなく、それほど強烈な「割高感」は無いと思っていた。
  • 自分で計算した理論株価は、6300円だった。

結局、6300円で売ることができなかったことが、今回の大きな後悔の元なのかもしれない。自分の決断の弱さをよくよく感じる。

  • 6300円で売って、今、また買い戻せていれば?
    • 「これ以上下がらない」とおもって、買い戻すことができたか?
  • 6300円で売っていて、今はもっとあがってしまい、買い戻すことができないほどになっていたら?
    • 相場全体が下がっているときでも、しっかり値をつけていた銘柄だから、相場の流れが当てにならないかもしれない。
  • これから、5650円から値が戻らなかったら?

「株と結婚するな」とはよく言ったものだ。都合の良い相手として付き合って、お互いの道を歩むがごとく、お別れすることもあるかもしれない。その後、相手が大成功を収めても、「俺の成功ではないのだ」と冷静に理解する大きさが必要なのだろうか。

株式相場の話をしていると、「奥が深い」という言葉がよく出てくる。結局、そうとでも思わないと、「大きなことにかかわっている」「奥深いことにかかわっている」とでもおもって自分を保ち続けないと、こんなの毎日続けられないよね。

ここまで書くと、次のステップが何となく見えてくる。「何をすればよかったか」ではなく「次は何をするか」って方向を見据えることだ。これがまた、難しい。自分の決断のプロセスを呪いたくなる。

2008年9月3日

2008年9月2日のピジョン(7956)について

ピジョンは今日、過去最高値をつけた。2960円。
チャート

今日はかなりの相場だった。実際、自分が予想していた理論株価は、2900円だったので、ここで一度売るかどうかを考えなくてはいけない。ピジョンに限っ
ての今日の大相場は、業績予想の上方修正が原因だということは分かっている。実際、明日は利益確定の売りが先行するだろうと思う。

ここで考えなくてはいけないのは、次の2点だ。

  • 売る
    • 予想していた理論株価は2900円台だったので、強欲に負けず利益確定を行う。
  • 売らない
    • ピジョンのビジネスを信じる。

まず、売る判断をしなくてはいけないのは、理論株価=自分の予想・満足ポイントを満たしているからだ。その中で、売らないという判断をしなくてはいけないのは、長期投資を行うことでさらに利益を追うことを考えたいからだ。



ウォーレン・バフェットなら、どう考えるだろうか。自分の投資スタンスを再確認するかもしれない。買ったときに、割安であることというルールを守るため
に、この価格でどう判断するべきか。今一度、ビジネス環境と財務諸表と損益計算書を再確認して、経営者は何を言っているか考えてみたい。

2008年8月29日

中国の転換社債

ってことかな。

Doblog - いちカイにヤリ 投資世代(ロシア株、インド株、中国株、ブラジル株、ADR、BRICs) -
ブルームバーグによると中国株の株価のアタマを押さえている非流通株問題を解決するために中国証券監督管理委員会はエクスチェンジャブル・ボンドの活用を検討しているそうです。

エクスチェンジャブル・ボンドというのは将来、株式に転換(エクスチェンジ)することが可能な債券を指します。これを出すことで非流通株のオーナーは場で株を売らずとも、或る程度の資金を債券発行から得られるというわけです。

なお、記事を読んだ感じでは、実際にこれが採用されるかどうかはわからないし、エクスチェンジャブル・ボンドの発行条件などの詳細もわかりません。

いずれにせよ非流通株問題は中国本土株にとって引き続き大問題であることにはかわりありませんから、大量の非流通株のロックアップが切れる(ピークは2009年です)前にきちんとした方針を打ち出すという事は良いことだと思います。

非流通株のロックアップが切れる、ってのは、流通し始めるってことでしょうかね。2009年がピークなんだ・・・。中国への投資については、今、少しまた見直している。

2008年8月22日

投資先について

ウォーレン・バフェット氏を中心とした、バリュー投資に関する観点では、極論するとIT関連ビジネスへの投資には肯定的ではない。彼らの話のなかでは、消費者独占で、顧客に対してインフレ分を負担することができ、資産効率がよく、遍く人の生活に密着したビジネスがまず選定のテーブルにあがる。それから過去のEPSや、そのほか諸々の検討が行われるというのが、流れ・・・かな。
メアリー・バフェット女史の出版披露会の動画を見る機会があったのだけれど、そこでも冒頭にチューインガム(リグリー?)の話とドット・コムバブルの件など出てくるので、何となく反応。




将来にわたって、IT産業が追加投資をしなくても利益を生み続けられるか・・という話があったとすると、それは確かに難しい。IT業界、ネット業界は、ニューエコノミーとまで行ってしまって良いのかは別だが、確かに既存のビジネスと一線を画す。それは皆が言っていること。情報格差は思いっきりビジネスチャンスだったわけだけど、ITはその垣根をなくしている。それと複製のコストについても、ほぼゼロに近い。単細胞動物のように、分離してドンドン、複製を作っていける。
今まで、情報に載せていた価値は、時間と場所と量などの制約があったんだけど、ITは確かにそれを限りなくゼロにしている。この辺は、ウェブ進化論がしっかりと話をしているので、それを見るのが良いのだろう。

そういう観点で考えると、確かに長期投資という点では、非常に難しい分野なのかもしれない。バフェット氏は「人の営みは継続する」という観点において予想してるんだよね。ガムをかんで、新聞を読む・・・。この行為がITが出て全てなくなってしまうか、と言うとそう言うわけじゃない。クレジットカードだってそうだ。「人はそれを辞めないだろう」というビジネスへの投資が好き。
そう考えると、「常識」にそっているかってのも、考える。あまりに非常識だったり、先進的なものは判断材料が乏しい。常識っていうのは、やっぱり過去なんだよね。ベストプラクティスを大多数の人間が判例として持っていて、それを元に日常の生活を判断している。その常識がどんなものか、と、その範囲を知ることは非常に重要。
単純に言えば、サラリーマンがやることは、可処分所得を持つ大多数の人間がやるだろう、という予想に基づいて良いわけだ。

そう考えると、ITはどうか?たとえば、パソコン。そんなにガンガン買い換えない。だから、日常的にストックビジネスにはならない。インターネットに載る情報だって、すごいスピードで変わっている。放置できない状況で、更新するコストと新しいニーズを探るコストを考えると、ストックにはならない。投資が必ず必要になる。
結局、みんな仕事を通じて何かしたいんだよね。でも、投資先としてそれが常に良いわけじゃない。「ビジョナリー・カンパニー」にもあったけど、彼らが考える継続性が良い会社と、働きやすく、労働者から見てよい会社ってのは、違うって言う話しに似ている。
こうして、一つ一つ考えを巡らせていると、やはりなんとなく、バフェット氏の行っていることは、突飛ではなく、人間の営みのなかにある、当然の事柄を拾って、その価値の上下を見ているのかなぁ・・・って気がする。実は山っ気がないってのが一番大切なのかもしれない。

2008年8月18日

欲の管理

投資の目的は、欲望と強く関係が有るのが普通。昨日も強欲さ具合と投資について触れたけど、今日、ストックナビ通信を読んで、こんな記述があったので、引用。
欲には限りがないのが普通の投資家だ。
おそらくは世界の王になりたいというところまでいってしまうだろう。その考えが良くないから、神は投資の失敗という試練を与える。
強欲は強すぎる欲望なんだろうね。投資をやっていると思うことに「負け方」という考え方がある気がする。次につながる負け方というか。

というと、勝った時には自動的に次につながる気がするけど、実は勝ちも負けもその時だけの結果であって、次どうするかというのは、その結果が全て決めるのではない。強欲はその結果の見方にも影響する気がする。
やっぱり、シッダールタの、「考えることが出来ます、待つことが出来ます、断食することが出来ます」って言葉を思い出す。

2008年8月17日

これからどうやって投資を続ければいいのだろう

この2008年1月は強烈な下げ相場だった。サブプライムが無視できない、ってことを世界の皆が思い知ることになった。実際は、この時期にわかったのでは、まるっきり遅くて、2006年から兆しはあったし2007年のパリバの件で気がつくべきだった。いやいや、考えてみれば、サブプライム問題というより、CDOのあり方とか、その前にマネー経済がアメリカの仕組みに頼り切っていたこと自体がどうだったのか・・・。 言い出したらキリが無い。後悔ってのはそういうものです。「あのときああしてれば・・・」「こうだったら・・・」。要するに「たら・れば」の世界だね。
そんなことを考えていると、自分の目的や視点をまったく失ってしまう。失っていることに気がつく。この1月からは、その連続だったような気がする。

視点

まず、相場を見て良いのか、企業を見て良いのか迷う。そのうち、過去を見たら良いのか、予測できない未来を見て良いのか迷う。もう疲れた・・・なんて思っていると、次はうわさを頼ろうとする・・・。2008年はかなり右往左往している。視点が定まらないのだ。

2004年にバリュー投資に出会って、少しづつだけど勉強をしていた。2003年くらいはまだバリュー投資をするための余地があった。相場に放置されている銘柄もあったし、そもそも、相場が安かった。「ランダム・ウォーク」とか、「効率的市場仮説」とか、よく考えてみれば、そんなもの知らなくても儲かる相場がたくさんあった。相場のトレンドが上がり調子だったのだ。そのとき、気がついている人もいれば、気がついていないで買っている僕のような人間もいた。それでも相場は上がるのだ。

これから

この数ヶ月は、トレンドラインだとか、ゴールデンクロスだとか、窓空けだとか・・・テクニカルだって立派な指標だ!なんて思って2銘柄くらい、チョコチョコとトレンドで売り買いしてみた。結果はトントン。じゃあ、バリュー株を見つけられたか・・・と言えば、実は見つけようとしても怖くて買えない。

強欲さ、そういうものを感じた。いつまでにいくらほしい。そういう感覚が出てくると、人間の欲は野放しになる。欲が人間の生活を支配するようになってくる。じゃあ、私たちが投資をしている株式ってのは、欲望と無関係か?まったく関係している。欲望はコントロールされなければいけない・・・というが、欲望とはそもそもなんだろうか。 きっとこれからも迷うだろう。でも投資をするんだろう・・・。

ある、テクニカルの本を読んだとき、不思議なことが書いてあった。投資とは、資本を経営者に渡して、その上がりを期待することだ、と。自分ではなく、その経営者に託すこと。そして投機とは、自己責任で売り買いを決定して儲けることだ、と。だから、投機は自己責任の度合いが高いのだ、と。投資も同じだと思っていた私は、なんだか不思議な話を聞いた感じがした。投機も投資も、相場か会社か、ってだけ。結局は自己責任。

シッダールタ、という本があったけど、その言葉を思い出す。 「私は、考えることができます、待つことができます、断食することができます」

2008年7月5日

学校という組織と人

営業先には、学校もある。学校は、よく「文教」というセグメントでくくられることが多い。大手ベンダーなどが、部門名に「文教」とついていることなどあって、学校は、小学校~大学などを含めて「文教」と呼ぶことが多い。
先日、ある地方の高校にお邪魔した。製品販売の一環で説明にいった。受付を済ませて応接室に。そのとき、「担当教諭が打ち合わせの時間を間違えており、本日は午後、お休みをいただいております。申し訳ないのですが、他のものが対応いたします。」と言われる。お客様の予定の突然の変更や、お客様の時間の勘違いはたまにあり、しょうがないなぁ、と思うくらいだった。
実際、応対に来ていただいた方は、部下に当たる方で話は通っていたこともあり、スムーズだった。その上、学校内の施設の見学までさせていただいて、なんとも言えず「親切」な対応をいただく。

世間ズレしている世界

1週間後、価格のご提案に、再度担当教諭を尋ねる。担当教諭も、業者なれしていることもあり、価格交渉は厳しくも慣れている感じで、良くある感じだった。
しかし、気になったのは、その担当教諭の対応でも、先日お会いした部下に当たる教諭の対応でもなく、他の先生の態度だった。
打ち合わせは、その担当教諭が取り仕切るIT関連の部屋で行われた。そこに机のある先生は、みんな校内のIT関連の仕事もしながら、個々に専門を持つ。担当の教諭、と呼んでいる方は国語の先生だし、部下にあたる・・・と呼んでいる方は英語。体育や数学、色々いる。その先生のところに、他の先生が突然入ってくる。「メールの送り方がわからない。」そんなのは、全然良い。打ち合わせをしているのは応接ではないので、しょうがない。急いでるのかもしれないし、そもそもが新参の業者にそこまで気を使うこともない、という心理もわからないではないし。
ただ、ある先生などは、大声で愚痴を言い出し、部下にあたる英語の先生にゴチャゴチャと何か言い出した。まったくこっちを無視している。また、紹介された数学の教師は、何となくこっちを生徒扱いしている。挨拶がおかしいのだ。

私が不安になったのは、私のような民間企業の営業にこういう態度を持つと言う先生のしたで育つ生徒たちのことだった。子供を持つと、社会に対する感度が強烈に増す。色々な事件や、社会問題が身近に感じる。そういう感性のなかで、親として「こんな人たちの下で育っているんだな。」と思うと、なんだか不思議な気分になった。彼らの人との接し方は明らかに、私たちサラリーマンとは違うし、恐らくは世間一般のヒエラルキーの理解の外にいる気がする。
こういう中で、いじめがあったとか、先生の不正や、指導の行き過ぎがあった・・・とすると、どうなんだろう。世間で言われる尺度、世間ズレしている彼らが、果たして私たちが問題にしているポイントを理解できるのだろうか、と気になった。
大学のように社会人経験者を先生として向かえるという柔軟な対応があってしかるべきなんじゃないか・・・と、純粋に感じた。

2008年6月28日

文字で伝えることとテレビ

人間の情報のほぼ8割~9割は目から入る映像情報で、文字や音声を圧倒的に上回っているということは、よく聞く話。目に見えるメディアが一番強い。そこから受ける影響も格段に違う。殺人事件の報道で、「殺害現場」をカメラで写しているのを見るのと、ラジオで状況を伝えているのを聞くのと、どっちが臨場感があるかといえば、映像つきなのだ。

藤沢さんのブログはチョコチョコみていて、こんなエントリーがあった。



金融日記:テレビを捨ててしまおう



文字と音声と画像と動画では、文字→音声→画像→動画と右に行くほど、電子工学的には情報量が爆発的に増えていきます。

ところが人が実際に受け取れる情報量というのは不思議なもので左に行くほど増えていくのです。

本のような文字情報はラジオの音声情報やテレビの動画よりも多くのことを伝えますし、一枚の絵画は時に何時間ものVCRよりも多くを伝えるのです。

人間がもっとも情報を伝えられるのは、実は文字なのです。




最後に、人間が最も情報を伝えられるのは実は文字である、とある。これは、伝えられるものは圧倒的に映像だと思うけど、おっしゃりたいことは分かる気がする。要するに、受け取り側の処理の問題なのではないか。文字のほうが、想像力や意味づけがしやすいというのがある。映像の情報量は圧倒的だけれど、それらを覚えていても実は後でそれほど役に立たない。問題は、文字などの、ある意味「不完全」で

「抽象的」な情報収集が、判断の材料にしたり、さらに人に伝えるときに付加価値をつけやすい、そういう意味で、文字のほうが雄弁であるというのは、うなづける。



テレビ



テレビについては、ほぼ見ていない。引っ越してからケーブルテレビを引いたのだけど、結局見てるのは、NHKのニュースとケーブルでやってる、Discovery Channel、あとはたまに映画チャンネル。これで十分日常のテレビの役割は果たせてくれている。こういう生活になって、テレビを見る時間は減ったし、久しぶりにお笑い番組とか見ると、学芸会のように見えて、こちらが恥ずかしくなることもある。

これは価値観や、「なにを面白いと思うか」「時間を何に使うか」という個人の判断だから、何を言うわけではないけど、テレビ離れは若い人の間でも割りと顕著になっていて、日本テレビの広告枠の売り上げこのQ2は厳しいと言う報道にもあるとおり、見る人は確実に減っている。

芸能界のうちわネタを披露するだけのテレビに、時間という人間の一番大切な資産を裂くという行為がバカバカしく感じられる人が増えてるんじゃないか、と思う。

2008年6月23日

シンプルさ

色々と思い悩んでしまう。元々考えやすいタイプで、「考えないでやってみたらいい」という言葉は物心ついてから、いろんな人に言われた言葉。その言葉を合えて否定するがごとくに生きてきた気もする。「考えてるんだよ、俺は!」という気分になったこともあるけれど、大半はただ同じことをダラダラと頭の中で繰り返しているに過ぎず、考えている、というより、「囚われている」と言った方があっている感じがする。ある状況に飲まれているという言葉もあっているかなぁ。そういう性格のなかで、「シンプルじゃない」という言い方をされるのが実はすごくつらい。でも、きっと複雑に、回りくどく、自分で考えてみたい、という欲求もあるのだろうな・・・と感じる。
シンプルさとはなんだろうか。単純化というプロセスは、いつでも必要なスキルだと思う。複雑なものを複雑なまま理解するというのは、抽象的に理解していたとしても、複雑なものの細部まで細かく理解できているわけではないことのほうが多い。要するに、分かったフリだ。だから、跡で「考えてしまう」のだろう。分からないものと分かるものを常に意識していることが考えすぎを回避するコツなのかなって気がしている。
しかし、いつでもどこでもシンプルであればいいわけじゃない。シンプルさは結果までのプロセスが短く、そのプロセスの回転数を上げられるうちは、経験も手伝ってよい結果を得られる。けれど、いつか限界がやってくるものだ。
そのときに必要なのは、もちろん物事を単純化するプロセスと、全体を抽象的に捉えるという2つのスキルなのかもしれない。結果を出す必要がある以上、シンプルさが必要不可欠だし、戦略を寝るための基礎体力という感じもする。

2008年3月30日

迷信と行動

例え話

ある時聞いた話。

「私の聞いた話なんだけど、よく遊び人っているじゃない?そういう人と結婚した女性がいたのね。で、その人、結婚してからも女遊びがひどかったんだって。奥さんにバレても止める様子がなかったんだってさ。でもね、奥さんは分かれませんでした。なぜかというと、その人の子供がおなかにいたの。」
「そーなんだ。それはそれは・・・・。」
「うん。その子にお父さんがいないのは、寂しいだろう・・・とおもって、我慢してたんだって。出産するときになると、だんなさんも駆けつけたんだけど、生まれた子供を見てびっくり・・・。」
「どうしたの?」
「その子供の、指が全部なかったんだって・・・・。それから、その男の人は、女遊びを止めたんだってさ・・・」

こういう、理屈の通らない話は世の中にゴマンとあって、雰囲気的には、都市伝説・迷信の類である。実際、この話が事実かどうかというのは、ほぼどうでも良い話であって、結果的に「女遊びをすると、えらい目にあう」という教訓が伝わればいいという話。
こうした、いわゆる、「迷信」というのは、たくさんある。都市伝説と呼ばれる形になっているものもたくさんあるし、結果的に話し手は「何かを伝えるときにストーリー立てて、身近な話題とすり合わせて、例え話にして伝える」ということをする。物事を率直に伝えても、相手の心に届かないことのほうが多く、逆に、少し現実を端折った例え話で身近な事例として感じさせ、話しをしたほうが、聞き手には響く場合が多い。

臨場感

ほとんどの場合、昔話は、迷信が持つコミュニケーション・プロセスを用いて、「何か普遍性のある理屈をつたえ、あるべき姿、を伝えるために作られた事実をベースにしたフィクション」を伝える手段とでもいえるのではないか。一定の効果があり、時代をわたって行き続けてきた話なので、今でもその効力は衰えない貫禄がある。

ここで問題にしたいのは、こうした話の内容一つ一つの科学的な妥当性や、理論的な裏づけではない。そんなものは手繰っても大して意味はないわけで、問題にしたいのは、「なぜ、われわれは事実を確認しないまま、こうした話の持つ臨場感に左右されてしまうのか」ということだ。こうした話には、理性で疑っても、疑いきれない、否定しきれない、感覚的・感情的な「臨場感」がある。この臨場感が「迷信」が人の行動をコントロールすることができる大きな要素なのではないか。

なぜ従うのか

なぜ、夜、口笛を吹くと蛇がでるのか、なぜ、夜、爪を切ると親の死に目にあえないのか・・・。こうした話、ここで言うところの「迷信」の不思議なところは、なぜか心理的に臨場感があるところだ。蛇に対しての臨場感ではなく、「何かをしてほしくない」という話し手の意志を感じる。
そして、口笛を吹く、爪を切るという行為自体を、止めたところでそれほど不都合ではないという点に注意したい。それほど不都合ではないから、その意志を受け入れ従ってしまう。しかし、小さなことでもしたがってしまうと、前例ができる。人間の脳みそは、前例に敏感だ。未来の出来事を必ず過去の出来事と照らし合わせて判断を行う。
つまり、つまらないことでも従ってしまうと、臨場感に反応し、「迷信」に従うようになるのかもしれない。 考えてみれば、「迷信」という文字が、すでに迷いをあらわしている。そのような、迷いを前提にした話をなぜ人間は信じるのだろうか。