2007年12月1日

会社

誰が何の理由で集まったのか?

ブログを読み返した。2007年4月30日の自分のブログに書いてあったことを、2度読み返してみた。今見ても、なんとなく納得する。1社目、2社目、そして現在3社目。この3社と、会社の継続性について、割と単純に、自分が知っている会社の流れを書いた。
文章の最後に、雇用者と被雇用者のことが書いてあった。今読んでみると、その言葉は予言めいて見えるほどだった。そのとおりになった。
以下、引用部分。
  • 雇われる側と雇う側の論理には、会社が後ろ向きになったときに決定的な差が見えます。前向きなときは、お互いが歩み寄っているようにみえますが、後ろ向きなときにはお互いが別の立場だと思い知らされる。会社とは、経営側が継続性を保つために絶えずリソースの配分に気を配り、リソースはその配分において答えを出して継続性に寄与するってのが会社なんじゃないかなって。

会社というのは、「共同体」という人もいた。ある人は、ピーター・ドラッカーの話を引用していて、そこには会社が誰のものかと言う観点で語ることすら 戒め、「社会へ貢献する集団であるという理解をなぜもてないのか」という言葉を引き合いに出していた。会社はただの仲良しクラブだったり、本当に個人の自 己実現のためであったり。(渡邊さんのブログ

  • 会社は誰のものか、という議論はあまりに稚拙だ。言うならば、『会社は社会のもの』という事を理解する必要がある。

会社には、それぞれの形があり、それぞれ貢献している場所や箇所が違う。本質的に何か、という問いに答えることはできないが、今までの経験の中で一つ言え るのは、「会社とは何か」ということよりも、「誰がそこに集まっているか」ということが重要で、「会社とは何か」という問いに対しての答えに近いのではな いか。会社という器に誰が集まるかという考え方よりも、誰が集まって会社という器を形成したか、ということのほうに目をやるべきだ。何かの目的の下、もし くは何も目的がないが、集まること自体が目的で集まった、その「誰彼」は、要するに経営側・雇用側と同じと理解するのが早いと思う。
集団をつくった「誰彼」の意思は、少なからず経営側に引き継がれることが多い。

誰が何のために作った組織か、ということを理解することで、組織の行く末が見える。集まった「誰彼」は理由はどうあれ、組織を作った。組織の初期は、彼ら が意図しようがしまいが、彼らの状況を織り込んでいるものだ。組織した理由には、多かれ少なかれ、彼らの状況が盛り込まれている。
そして、会社という組織は、意外なほど変わらない。変化することが困難であるという印象がある。だからこそ、「変わらない価値のための変化」ができることがすばらしいのかもしれない、とも思う。
誰が集まり何をしているか。そして、その会社が一番貢献しているのは、何に対してか。

会社、というのは実は、財務報告のように、集団のある一時期を切り出しているだけ、いわば「一時期の状態」を言うだけかもしれない。たまたま、そこにいる 集団を法的に定義し、利益を報告させ、税金を徴収し、雇用を確保させ、社会に貢献させるための「法人」という状態を言うだけなのかもしれない。
投資判断にも使えるかもしれない。その会社は何に対して貢献しているのか。会社の成り立ち、会社の沿革、そこに集まる人たちがなぜそこに集まったのか。そして、今何を考えているか。
そもそも、会社という組織に何を求めているのか。何がしたくて、そこにいるのか。こう思うと、不思議と孤独感を感じる。会社に対して、何を求めていた のか。今は、表面上は会社に安定を求めている。しかし、安定とはなんだろうか。給料が安定し、仕事が安定し・・・。例えば、その会社に勤め続け、同じ事を 続けることを受け入れるということになる。
本当に、それを会社に求めているのか。「今は安定を求めている」というが、その感覚は本当なのだろうか。純粋に、自分の将来をその組織の中で描くことができない。

2007年11月28日

面接

昨日、27日は有給休暇をとって面接と、転職エージェントに会ってきた。午前中、9時半から神谷町にある某外資系インターネット広告 専業の会社の面接。面接は2回に分かれており、1回につき、約1時間の予定。この会社を受験するきっかけとなったのは外資系の転職エージェントからの紹介 だった。「セールス」という職種だけでIT系の企業を何社か挙げてもらって、かまわず書類を送ったという次第。そのうち、何社かは書類が通ったので、面接 に行くことになった。興味がある会社もあれば、大して興味がない会社もあったけれど、「まずはどんな会社かみて見よう・・・」という軽い気持ちと、内定を たくさん取りたいという、よく考えてみれば理にかなわない希望から、とりあえず面接をうけることになった。

場所は神谷町の駅から少し歩いた、大き なビル。有名なビルだから言えばビルの名前も会社の名前もわかると思う。ビルは大きくて、エレベータに乗るには守衛が立っている自動ドアをくぐる必要がある。IDが必要で、IDが無い人物は個人を証明できる免許書などの提示が必要。そこにいるのは、可処分所得の多そうな人たち。着ている物も身に着けているものも、安っぽくは無く、かっこつけている。男性のバックは「TUMI」を持っている人が多いような、そんな感じだった。なんとなく「この会社で働くことになったら、こういう 人たちと一緒に働くのかな・・・」と思ったりした。私は今まで大きなビルの中で働いた経験があまりないので、こういう雰囲気に少し憧れがある。なんとなく、勝ち組サラリーマンのようなイメージ。ロビーに有名なコーヒーショップが入っていたり すると、なんとなく、「あぁ、ここのコーヒーを飲みながら、仕事すんのかな・・・」とか、勝手に考えたりしていた。その妄想は、それはそれで気持ちのいいものである。しかし、なぜかその環境をどこかで毛嫌いしている自分がいるのも確かだ。そんなことを考えながら、受付に向かった。

受付を済ませると、1回目の面接が始まる。技術者っぽい面接官が一人入ってきた。表情は硬く、こちらの目をじっと見ている。こちらの自己PRなどを話してみるが、なかなか打ち解けない様子。話を20分位した後だったろうか、「営業はどこでも同じだと思いますよ」という話になったあたりから、私の持論に少し合点がいった様子で目つきを和らげ、話も滑らかになっていった。面接官の持論もご披露いただき、話も軌道に乗ってきた。しかし、職種が明らかに違うことを最後まで心配しており、「・・・と、まぁ、このような仕事のスタイルですので、今までとは全然違うと思います。大丈夫ですか?」と何度か聞かれた。私は、話がノッてきたこともあり、「もちろん大丈夫です。」と切り出した後、「仕事をやるのはどこでも一緒ですから・・・」的な話をした。とはいえ、たいした印象はの越せなかった様子だった。話は乗ってきたが、明らかに未経験であり、熱意というより「やることは一緒だからできますよ」というような話し振りを繰り返していたので、後で考えてみると評価されたとは思えなかった。

2回目は同じ部屋で、行われた。1回目の面接官が部屋をあとにすると、2~3分で次の面接官が入ってきた。年は私より1個~2個上か、同じくらいだろう。顔が小さく、髪の毛は短く刈り上げられ、ソフトモヒカン調だった。細い赤いラインが入った、襟のきちっと立ったボタンダウンにアーガイルの薄手のニットを着ていた。雰囲気はいかにも、外資系にありがちな「自由な仕事環境」を体現してるような感じ。一人目の面接官と同じように、部屋に入ってくると、こちらの目をじろっと見る。そしてエージェント経由で渡された履歴書に目を通し始めた。恐らく、事前に細かくは見てなかったのだろう。エージェント経由の英語で書かれた履歴書に目を落としながら、私に質問をし始めた。未経験であることや、今までの仕事について、また転職をするきっかけ・・・などなど。私の履歴に合点がいかない様子で、質問を投げてくる。この面接官は、一人目と雰囲気がちがっていた。「人」を見ていた。もしかすると、未経験であることだけは事前に履歴書で知っていたのかもしれない。であれば、経歴よりも熱意を試す以外、話す意味は無い、という判断があったのかもしれない。彼は、私に熱意を伝えてほしい、といった。「なにがしたいか」をいえ、と。私は、既に、居心地も悪くなってきたことや、自分が「本当にここに入りたいのかを試されている・・・のか?」という疑問でいっぱいになりつつあることを感じていたので、嘘でもはっきり言えなかった。面接官は「何でも良いから、熱意を示してくれたらいいんだけれど・・・」と話すと、自分がネット業界に関わるきっかけとなった面接の話を始めた。そこでも、彼が話していたのは、「熱意があったから、この業界に入ることができた。そういう人たちと働きたい」ということだった。彼は私に熱意、志、そういうものが無いことを理解した様子だった。そして、今後、一緒に仕事はしないだろう、という予想から、私への忠告も含めて、個人的な話をしはじめたのだと思う。

面接が終わると、面接官は一緒に退出しましょう、と言った。部屋をでると、事務所の裏口に案内され、そこで挨拶を済ませた。エレベータホールまでの見送りは無く、一人でエレベータで1階へ下った。守衛の会釈になぜか反応して、ビルの外へ出た。外は曇っていて、寒かった。コートが無いと歩けない季節になってきたな・・・と感じた。神谷町には外資系企業がたくさん集まっていて、歩いている人の姿も独特な雰囲気を持っていた。所得が高そうなのが一見してわかる人や、仕事に没頭している人、自信に満ちていることをアピールできている人・・・。エレベータですれ違った、その会社の社員は、みな私服で自由な雰囲気だったが、顔つきは真剣で急いでいた。課題に集中し、仕事に没頭している雰囲気だった。なぜか、ビルを後にした後、恥ずかしかったのだ。彼らの仕事がどうあれ、なんであれ、私は彼らのうち2名と少ない時間会話し、エレベータで数人とすれ違っただけだったが、熱意を感じることはできた。きっと面接官には、私が非常に消極的に写っただろう。志向性の無い、ただのツマらない「典型的な日本のサラリーマン」に写ったかもしれない。きっと、彼らは「そうはなるまい」、と思って、志をもっているのだ。
そういう雰囲気を感じて、私は面接を終えた。私は、この分野に全くといって良いほど興味が無いのを感じているにもかかわらず、面接にいったのだ。学んだのは、私が自分の志向性を理解していない状況だった。内定を取るための面接にどれほどの意味があるだろうか。内定が降りたとして、入社するのか?絶対無いだろう。もしかしたら、今の会社に残るという決断をするかもしれない。何がしたいのか、理解していないと、恥かしい事を経験して、つまらないことで思い悩む。
ヘッセの小説、「シッダールタ」の言葉を思い出した。「自分は石が水面から川底に落ちるように、最短距離で目的に達する」と。

2007年11月16日

裏切り続ける心理

人を裏切るという心理。人間は、自分の思いを人に伝えて、その伝えた思いを汲んでもらうことを望む。信頼関係というのは、その思いを汲む人達の間で培われる関係だ。裏切るというのは、その信頼関係を逆のことであり、思いを受け止めておきながら、その意を汲まず、まるで反対の行動をする。思いを伝えた人は、思いを受け止めてくれたと思っていたのに、行動がそれに伴わない・・・。それが「裏切り」のひとつの解釈ではないだろうか。

裏切りとは、そういう意味では「うそ」ともつながる。思いを汲んで、信頼関係があると「見せ掛け」て、相手の思いだけを受け取り続ける。要するに、思いと行動の貸し借りが信頼関係ならば、「借りっぱなし」ということになる。借金のようなものだ。そういう人生を歩み続けると、一体どんな終末が待っているのだろうか。裏切りを続ける人というのは、なぜ裏切り続けるのだろうか。人に恩を仇で返してしまうということを、病的なまでに繰り返してしまう人がいる。
そういう人は、人の思いが肯定的であればあるほど、また善性であればあるほどに仇にしてしまうように感じる。正義、誠実、善、肯定・・・こうした「まっすぐな期待」を感じたとたんに、その「まっすぐさ」を否定するがごとくに、裏切る。仇で返してしまうのだ。

人の思いを受け止め、人の思いを汲み、行動に反映するという信頼関係とは、お互いの思いや時間を共有するということにも通じる。そういう点でいえば、共有すらも拒否しているとうことになる。思いを共有することを拒否しているのだから、孤独なのだ。そして、好んで孤独になっているということもある。裏切りとは、もしかすると、孤独な人間の自己防衛の結果なのかもしれない。そして、「思いを共有すること」を拒否し、「孤独でいつづける」ということは何を意味するか・・・というと、自分の世界観の欠如、もしくは世界観の認識不足に他ならないのかもしれない。
自分の世界を共有したくないというのは、どういうことか。それは、成長を拒絶しているという側面もある。今ある状態を保つことを最優先とし、それをシェルターとする。このシェルターは、ヘッセ著「シッダールタ」でシッダールタと遊女の会話で出てくる逃げ場のことを言ってるのかもしれない。この二人は、最後まで二人の世界観を共有することはなかった。「シッダールタ」は成長したのではなく、捜し求めた。そういう人生だったのだ。自分の世界観と、他人の世界観をすり合わせて、そこを居場所にできることができる人は、人との信頼関係を築き、裏切るということをしないのかもしれない。

裏切り続ける心理、それは、孤独な個人が、他人と世界観を共有しないようにしている抵抗なのかもしれない。

2007年11月4日

SNSってそんなに面白いか?

SNSについては、mySpaceや、mixiに登録している。実際、MySpaceはオープンなSNSで紹介者は要らないので、mixiなどのSNSと同じように考えられるかというとちょっと違うかもしれない。
最初のSNSの出会いは、IRCで出会ったインドネシアの学生が、「お前も、Friendsterに登録すべきだよ!」と3年近く前に言われたときだ。今でこそ、アカウントやサイトなど全部忘れてしまったのでアクセスできないが、そのときは不思議な感覚だった。インターネットを95年から使っていて、NewsgroupやE-mailによる文通友達、そういうものに始まりWebチャット、IRC、そのうち、インスタントメッセンジャー、IPメッセンジャーなど色々なサービスを見てきた。どれもこれも「どこかの誰かとつながる」ための仕組みだったわけだけど、SNSはなぜか最初から面白さを感じることができなかった。

おそらく、リアルな世界と、仮想的な世界のすみわけをどう考えるかという点が、自分が持つ「違和感」を読み解く入り口になるかもしれない。リアルな世界とは、要するにインターネット以外で他人とつながりを持つ世界。仮想的な世界(語弊があるが・・・。)とはインターネット上での他人とのつながりのある世界。SNSをイメージすると、「リアルな世界の人付き合いの理屈を、仮想的な世界へ持ち込んでいる」という感じがする。
インターネットの特徴として、「匿名性」がある。匿名性とは、誰だかわからないってことだ。特定できない。私たちが実際に生活している世の中では、特定できない人間とのつながりを持つというのは、理解がむつかしい。でも、インターネットの上では、相手に自分という存在を特定させずとも「疎結合」な関係を保つことができる。現実世界でのわずらわしさから解放されるためにインターネットにはまり込む・・・という人たちがいたのもこうした理由だろうけど、これが自由な発想や新しい発想を生む素地にもなったいたきがする。

SNSの特徴のひとつに、紹介したり友人の数を表示したりという機能がある。仮想的な空間においても、苫米地氏の言うところの「縁起」をもって個人を特定し、関係を気づこうとしているようにみえ、それがデジタルに表示されるとなんともいえない感じがする。「これだけの人間の縁起(=ネットワーク)を持っています。」と堂々と宣言をしている、その感じが非常に不思議だった。

しかし、あえて言うなら、「疎結合な関係」がインターネットの一つのあり方だとすればこのSNSという仕組みは、そういう価値観をブレイクスルーするものだったことは間違いない気がする。インターネットにいる自分は「プライベートだから・・・」と考えていたが、実はインターネットはSNSが発生する前から少しずつリアルになりつつあり(ビジネスでもそうだけど。)、SNSは使用されるインターネットサービスの上でも、「公私」という区別を作ったように感じる。

Wired
ネットコミュニティコラム

POLAR BEAR BLOG

2007年7月7日

デル、インテル、NRIがOSS検証センター設立 - @IT

OSSの動きが止まりません。MSは絶対にこっちには手を出さないのかな。メインストリームになることは当分無いんでしょうけど、少し感じるのが、こうした動きを見ていると、プロプライエタリなのか、そうでないのか、ではなく、システムのあり方が変わってきそうな感じもします。

デル、インテル、NRIがOSS検証センター設立 - @IT

「システムがある」ことはどんどん自然になっていって、それこそ、通信のインフラのように、そこらじゅうにいろんなシステムが点在している。それ自体の成り立ちはどんどん、意味が無くなっていく。何でできていようが、どんなことをしてくれるか・・・。SOAの発想と結びつくと言うか。

2007年6月26日

ITmedia アンカーデスク:オープンソースは死にかけているのか

ITmedia アンカーデスク:オープンソースは死にかけているのか

確かに、社会人になって数年立ちますが、結局、プロプライエタリなアプリケーションで仕事をしている。まぁ、改めて書くほどのことではないけど、ユーザーサポートなどの安心感かなぁ・・・と。と思えば、私はメールソフトは無償の「Thunderbird」を仕事でつかっている。がしかし、「Outlook Express」は無償・・・。
なんていうか、仕事で使うアプリケーションって、どうしても「すぐ」と「確実」が重要。そして、「ワンストップ」もかなり重要。さらに、この「重要」と思われるポイントについては、「本当に重要か・・・」と余り精査されない。要するに、情報システム部門は、ベンダーの信用にある程度リスクを担保している。けど、当然の話で、それがビジネス。

こういう、ビジネスの流れの中に一日中いるサラリーマンにおいては、金を払わずリスクを担保するというイメージがわかないんじゃないの?

って思いました。

2007年6月2日

ITmedia News:スタンドアロン型オープンソースソフト売り上げ、2011年には58億ドルへ――IDC調査

この間、ある会社(光学系機器メーカー)の研究所にシブシブ営業電話をかけてたら、オープンソースの話になった。やっぱり、研究所レベルでは日本でもこういう研究はやってんだ。

ITmedia News:スタンドアロン型オープンソースソフト売り上げ、2011年には58億ドルへ――IDC調査

お~。

2007年4月1日

成功事例から学ぶ、中国オフショア開発の秘訣 - @IT情報マネ�

成功事例から学ぶ、中国オフショア開発の秘訣 - @IT
こないだ、あるメーカー系SIerに営業で言ったときにも、やっぱりオフショアの話が出てきました。自社内の情報システム関連、お客様システムの開発を問わず、オフショアでの開発は結構メジャーになりつつある。
ある、中小のパッケージベンダーを訪れたときも、「上海に出す。」といってた。日本でやるのは要件定義~基本設計ぐらいまで。要するに論理設計は国内でやり、実装を含む物理的な設計に関しては上海、そして実際の開発作業はさらに中国の奥、重慶とかあっちのほうでやるそうです。へぇ・・・って。

2007年3月28日

if frameなどつかえる。(BloggerでAmazonの商品個別リンク)

右側に、Amazonのリンクを張ってみました。「はてな」ではこのリンクが張れなかった覚えがある。がダメだったんだかなんだか・・・。やり方が悪かったのかな。こちらはさらりと。
でも、両方のブログを続ける気がしてきました。「はてな」もやっぱりなかなか良いもんですね。

2007年3月27日

Google Appsだけでなく、OpenOffice.orgも全社導入した会社 - @IT

Google Appsだけでなく、OpenOffice.orgも全社導入した会社 - @IT

すごいっすね。でもさ、これはね
OpenOffice.orgが「Open Document Format for Office Applications」(ODF)を採用する一方で、Microsoft Officeが最新版の2007で「Office Open XML」(OOXML)をベースするなど、違いが出てきた。それぞれの陣営がフォーマットの標準化を目指していて、動向次第ではオフィスソフトウェアの市 場が変わる可能性もある。企業はODFとOOXMLのどちらを使うのか、いずれ選択を迫られるのではないか。

なんで、XMLを標準にしないのかな・・・。それとも、この、OOXMLってのが、MS独自のXML規格なわけ?

イベントレポート JavaとOSSの最新事情を探る OSC 2007 (1/2) - @IT

イベントレポート JavaとOSSの最新事情を探る OSC 2007 (1/2) - @IT

ExcelでDB定義とかその他プロセス系の定義を行い、Javaのコンポーネントを組み立てるというのは、色んなところでやっています。で、それをビジネスアプリで使わないのはなぜか、いや、ビジネスアプリに昇華しようとしないのはなぜでしょう・・・。
きっと、作っている側は「適用できる」というでしょうが、OSSはまだミッションクリティカルな基幹システムにまで手が伸びない。でも、アメリカで開発され、いまだにデファクトになっているApacheなどはミッションクリティカルなWebサーバの上で動いてないかというと動いている。そのほか、Ecripsだってそう。Rationalなどの商用のIDEの一端を担う。

日本のアプリケーション開発の動きを見ていると、単価との勝負に終始している。実際、単価の勝負は遅かれ早かれどの産業にも来るわけですが、そうなると、単価は労働者の給料との相対価値になる。結局、生活費に対していくら払うか。そうなったら、対外価格差がある日本は絶対不利なんです。では、付加価値をつけて、対外価格差の追いつかない世界に自分たちのビジネスを持ち上げていくにはどうしたら良いのか。

なんていうのかなぁ・・・。300万円の仕事を外注すれば、100万円だとする。でも、「コミュニケーションリスクがある」という理由などなどでオフショア開発を見送る。たとえば、それが続くとする。保護貿易になる。保護貿易になると国際競争力が失われる。なぜかといえば国内需要で雇用がまかなえるから。競争をしなくても国内の仕事だけやっていれば、経済が回り、そこそこの給料は入る。でも、今よりずっと安くなる。なぜなら、それでも費用の安い生産国に生産拠点が移るから。こういうことを考えると日本はITの活用を少し間違っているのかなぁと思うことがある。一番思うのはアメリカの二番煎じ。自分たちのコンセプトが無い。せいぜい、日本の商流・商習慣にあっているかどうかという議論ぐらいじゃないかしら。テクノロジーに付加価値を集約したようなビジネスが未だ生まれてない。SMSの「mixi」だって、広告収入というビジネスモデルは新しくない。新しくないのも良いけど、新しくないものは、どんどん単価の安い諸外国で清算され、日本は輸入するばかりになる。
ほんと、どうすんでしょうね。

2007年3月26日

ITmedia エンタープライズ:日本におけるOSSの幻想――OSS界のガラパゴ�

なるほどね。一般的には年度末、契約書だとか発注書だとかの処理が一段落。思ったより早く終わったので、外出前にちょっとOSSの話しとか、覗いてみたわけ。そしたら、こんな記事がありました。
英語という大海で遮断された状況からくる甘えの精神構造、貧弱な開発力とコミュニケーション下手
おお~。的確ですね。って、私は外国で働いたことはありませんが、前の会社で直属の上司が米国籍だったので、なんとなくね。なんていうか、日本人とは確かに取り組む意識が違うというのは、業界全体で存在する「人材の差」なんじゃないだろうか。アプリケーション開発の新分野へ参加しよう、キャッチアップしてゆこうという意気込みを感じた覚えがある。アメリカ人が皆そうなんじゃないと思いますがね。でも、なんていうか、そういうちょっとオタクというか、良い意味で「偏執狂」というか、そういう人が持っているエネルギーを旨く社会に還元してビジネスにする力はアメリカは優れている気がしますね。ってか、そもそもIT業界の発展はGeek文化がビジネスに昇華ってことなんだろうし。

最近、OSSについて少し考え始めています。これも、前に、はてなブログでもかきましたが、「フラット化する世界(上)」を読み始めてからです。IBMのApacheプロジェクトに対する取組みや、マイクロソフトの「良いソフト開発をするプログラマには、良い報酬を与えるべき。」という観点など色々書いてありましたが、その中で感じがキーワードは、「貢献」と「賞賛」です。エンジニア=職人(語弊があるかもね・・・。)はこれらの貢献と賞賛を必ずしも金銭で受け取ればいいというわけじゃない局面があります。(本人が好きな仕事をさせる、というのも一つの報酬だったりします。)OSSでは、貢献と賞賛に必ずしも金銭が結びついてない。しかし、そういう、ある意味金銭ばっかり見ている我々側からすると「疎結合」な状況からでもインターネットというテクノロジーは生まれるわけですね。
ではなぜ彼らが、そこまで献身的なのかというと、それらが「好きだから」ということに他ならないように思える。 良く周りを見てみると、OSSで作られているアプリケーションやフレームワークは非常に多い。以前ネットワークエンジニアもどきでしたが、そのときに、もちろんTCP/IPに触れるわけですが、

記事の中に ソフトウエアの輸出入の数字がでてましたが、(記事が古いので、なんともいえないけど。)その差は80倍です。笑える。

ITmedia エンタープライズ:日本におけるOSSの幻想――OSS界のガラパゴス諸島、ニッポン

2007年3月25日

MRI | MRI TODAY | 「子どもの居場所づくり」に見たもの

気になったのは、
行政は実務者や有識者の意見をよく聞く。しかし、実務者や有識者は利用者(当事者)ではない。利用する人の気持ちは利用者にしかわからない。行政は、利用者(当事者)の視点の重要性を再認識すべきだ。

という部分。情報収集、要件分析、そういうものは、現場や実際に使っている人から、それを行う人たち(行政など)が直接、集約して、分析できるノウハウなどがないといけないってこと。そんな感じがします。
「やって欲しい人」と「やる人」の垣根がどんどん低くなり、「中抜き」が進んでいくのかな。

MRI | MRI TODAY | 「子どもの居場所づくり」に見たもの

ILOG Rules for .NET

要件管理ができるってことですよね。Rational RequiteProみたいなもんかな。ちょっと調べたい感じですね。

ILOG Rules for .NET

そもそも、構造的にプログラミングができれば、こうした要求管理・要件管理は可能なんだと思います。そういう意味でも、システム構築環境の部品化、部分最適化ってのは、進んでいくはず。

「Blogger」にブログを開設

ブログをつけ始めて何年かたちます。最初は、「Goo」のブログを使っていました。もう3年位前ですね。GooのBlogは何回もつけないうちにやめてしまいましたが、その後、「はてな」を発見。「人力検索」ということで、自分の知りたいことを、会員から回答してもらい、ポイントをあげるという仕組みがありました。ちょっと興味があったけど、結構書いてあることが濃い(質問者も対価を払うという意識があるから、回答の質にも注文があるわけ。)ので、ちょこっとだけ。
「はてな」のブログは、キーワードリンクがありますが、なぜかこれが好きでして。「ここでやってみよう~」って。あとは、Amazonの商品をサラりと貼り付ける「はまぞう」とか、そういうのが充実してた。Google Mapを再利用した、「はてなマップ」など。最近になって、「はてなブックマーク」もITProなど、いろんなサイトの記事にバナーが表示されていて、結構便利。

Bloggerも気になってた。

なんで気になってたか。Googleのツールを使うことがあるのですが、最近、Google Docs & Spredsheetsを使ってみてて。コソコソとメモを取ってたんですが、それをBloggerに公開できると。へぇ~、っておもって思わず登録。その他、我が家は写真を「Picasa」で管理してます。Webアルバムも「Picasa」を使ってる。「Picasa」からは、Bloggerへのリンクがあってブログへの展開が簡単。積極的に情報配信をしようと思えば便利な機能ってたくさんあるのねぇ・・・って思ったもんです。

編集機能

編集機能については、結構「はてな」は気に入ってました。見出し、引用、リスト、などなど、簡単な特殊文字を使って行いますが、非常に使いやすかったのと、割と充実してた。それと、やはり「はまぞう」が大きかったかなぁ・・・。使いやすかったですね。本とかCDとか。最初、Amazonのアフィリエイトサービスを意識していたけど、最初のうちだけで(ってか、そんなにアクセス数があるブログでもないですし、書評もうまいわけじゃないのでね・・・。)あとは、普通に文章の中に織り交ぜるだけの目的でつかってました。まぁ、本の画像なんかがあると、ブログは賑やかで良いんですがね。
Bloggerは、編集機能はどうなのかな。見出しが、今ちょっと使いにくいかしら・・・とおもっているぐらい。リストについては、文字が勝手に大きくなっちゃう。(いまは、Smallで書いてますが。)ちょっと、これから色々いじってみます。